第1巻 プロローグ:「過去から来た教師」
俺はジョーンズ博士の子孫らしいが、なぜか神になったの訂正版
プロローグ:「過去から来た教師」
俺の名前は、オリバー・ジョーンズ。
海底に沈んだ国、聖トスゴーンの最後の継承者ってことになってる。
そしてかの有名なインディジョーンズ博士の孫の孫らしい。
王子って呼ばれたこともあるけど、まあ、どうでもいい。
肩書きで人が変わるわけじゃないしな。
けど、ひとつだけ確かなのは――
俺の人生は、あの日、彼に出会ったことで始まった。
夜のバミューダ海域。
月すら届かない、深く冷たい海の底にある都市に、
光も音もなく、一台のバイクが現れた。
水を燃料に走るハーレーダビッドソン。
時代の最先端だったけど、政治の闇に葬られて、
“そんなのあるわけない”ってことにされた技術だ。
だけど、確かにそこにあった。
それを復元したのが、サンクトム・ノクティス――
つまり、聖トスゴーンの科学者たちだった。
で、そのバイクに乗って現れた男が、バーンズダン。
褐色の肌に鳶色の髪、鋭いけど優しい青い目をした男。
あのときの俺は、まだ3歳だったけど、
彼の言葉は、なぜかすんなり胸に入ってきたんだ。
「オリバー・ジョーンズ。君が育てば、世界は変わる。
守るために、書け。戦わずに、伝えろ」
……今思えば、これが最初の使命だったのかもしれない。
⸻
出会ったのは、海底都市の洋館。
俺が暮らしてた、少し古びた家だ。
ハチコウ――俺の相棒のロボット秋田犬は、
部屋の片隅で丸くなって眠ってた。
見た目は完全に本物の子犬。でも、中身はAI。
両親が3歳の誕生日にくれたプレゼントだった。
「……君が、オリバー?」
「うん。おじさん、誰?」
「バーンズダンだ。君の“先生”をしに来た」
変なやつだなって思ったけど、
なぜか、安心感があった。
俺は、ひざの上の絵本に視線を戻した。
分子構造式の絵本。普通の子なら読まないやつだ。
「読めるのか?」
「うん。読むのは得意。でも、書けないんだよね。
だって、手が小さいから。まだ字は上手く書けない」
俺はわりと本気で言ったんだけど、ダンは笑った。
でも、バカにした笑いじゃなかった。
どこか嬉しそうな、そんな笑いだった。
⸻
そのあと、バイクを見て聞いた。
「これ、本当に水で走るの?」
「そうさ。かつて夢だった技術さ。
けど、忘れられてしまった。俺たちは、それを思い出した」
「バイクに乗るの、好き?」
「旅が好きなんだ。時間を越えて、君のところに来た」
「……じゃあ、おじさん、未来から来たの?」
「そう。未来といえば未来、過去といえば過去。
君に“書く力”を教えるために来たんだよ」
⸻
それから7年、俺とダンと父親のゼウスと母親のヘラは一緒に暮らした。
この洋館で、読み書きや戦術、思考の訓練をしてきた。
gifted学園に入るまでの準備だった。
……でも、それだけで終わるわけなかった。
⸻
俺が10歳になったある日。
聖トスゴーンのバリアが崩れ始めた。
地震、エネルギーゲートの暴走、侵入者――
混乱の中で、母・ヘラが、遺跡盗掘人に襲われて……命を落とした。
ゼウス――俺の父が駆けつけた時、彼女はもう静かに目を閉じていた。
でも、その顔には、不思議なくらい穏やかな笑みが浮かんでた。
「君を一人にはしない。この聖域と共に、私も残る」
そう言った父は、聖域の地下にある研究施設に残ることを選んだ。
そして、バーンズダンもまた――同じ場所に残った。
二人とも、母の眠る場所と、未来の記録を守るために。
⸻
俺は、脱出艇に乗り込んだ。
バーンズダンから引き継いだ、ハーレーと、ハチコウと一緒に。
あのとき俺は、泣かなかった。
強がってたわけじゃない。
たぶん、何かが“終わった”って感覚が先に来てたんだと思う。
海水に飲み込まれ始めた聖トスゴーンを、
俺は後ろ髪を引かれる思いで見ていた。
あそこが、俺の最初の“世界”だった。
でも、俺は行かなきゃならなかった。
伝えなきゃならないものが、できてしまったから。
隣には、ハチコウ。
小さな俺の手に、彼のぬくもりが重なっていた。
(この想いを、伝えていく。俺の言葉で)
後にこの日が、“神話の始まり”と呼ばれることになる――
……まあ、それは未来の話だ。