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『Re:chord』  作者: ねこやしき
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第1話「転調の午後」

 この世界では、誰もが魔法を使うことができる。けれど、その力はとても弱く、誰かを守るには足りなかった。

 だから人々は“音”に力を見出した。魔力を楽器に変えて奏で、言葉を歌にして――想いを、力に変える。それが、この世界での「魔法」のかたちだった。


 桐咲学園 奏嶺高等学校。

 魔法と音楽を学ぶこの学校で、「タグ」と「ランク」によって生徒たちは評価される。優れた才能を持つ者は「タグ付き」と呼ばれ、その実力を証明する。


 そして今、一人の少年が、その学園の門をくぐろうとしていた。


 ――夜水奏都やみず・かなと


 電車の窓際に座り、流れる街並みに目を向けながら、奏都は小さく息を吐いた。


「今日から、また違う場所だ……でも、俺は変わらない。変わっちゃいけない」


 制服の胸元には、生徒証が光る。

 そこには、こう記されていた。


桐咲(きりさき)学園 奏嶺(そうれい)高等学校/ランク:カデンツァ/セルタグ:#音を嫌う少年』


 ――ふさわしくもない肩書きばっかりだな。

 奏都は心の中で自嘲気味に呟いた。


 春の空気がまだ冷たさを残す朝。校門の前に立つと、白衣を羽織った一人の男性が微笑んだ。


「君が、夜水奏都くんだね。ようこそ、奏嶺高校へ。僕は君の担任、鷹月理久(たかづきりく)。四等組の担任だよ」


 少し驚いたように奏都が会釈を返すと、鷹月は「迷わなかった?」と尋ねた。


「一応、マップ通りに来ました」


「なるほど、理系脳っぽいな」


 そんな他愛もない会話の中で、鷹月はふと尋ねた。


「君はコードメイカーなんだよね?」


「……はい。最近、能力の適性が出たみたいで」


「炎邪との遭遇……だったっけ?」


「偶然です」


 その言葉に、鷹月は優しく微笑んだ。


「偶然が運命になることもあるよ」


 昇降口を抜け、廊下を歩きながら最低限の説明を受けていると、窓の外から黄色い歓声が響いた。奏都がそちらに目をやると、一人の女子生徒が生徒たちに囲まれて登校してくる姿が見えた。


「気になる?」と鷹月。

「いえ、そういうわけでは……」と奏都が答えると、鷹月は目を細めて言った。


「あの子は朝霞柚葉(あさぎりゆずは)。綺麗な子でしょ?この学校で彼女を知らない生徒はいないってくらい人気者なんだよ。声徒会長(せいとかいちょう)……あ、普通の学校で言う『生徒会』のことなんだけど、この学校では“生”じゃなくて“声”を使うんだ。そこの会長もやってる、この学園の顔さ。学力も魔力もトップクラスなんだよね」


「……俺には関係ない人みたいですね」


「そんなことないよ、だって彼女は……」


 その瞬間、教室の前で誰かと鉢合わせた。目の前に立っていたのは、先ほどの少女――朝霞柚葉だった。


「鷹月先生、おはようございます」


「おはよう、柚葉くん。今日も囲まれて大変だったね」


「そんなことないですよ」


「さすがは学園のアイドル」


「ちょっと先生まで、やめてくださいよ~。ところで先生、その子は?」


「あぁ、こちら夜水奏都くん。今日から同じクラスになる子だよ」


 柚葉はにこりと微笑んだ。


「そうなんですね。夜水くん、よろしくね」


 鷹月は小声で奏都の耳元に囁く。


「ほら、君のクラスメイトだ。だから君に関係のない人じゃないんだよ」


「……っ」


「それで悪いんだけど、学校の案内を全部していなくてね。放課後、柚葉くんにお願いできないかな?」


「大丈夫ですよ。今日は声徒会もないし、部活もないので時間はありますから」


「ごめんね、ありがとう」


「その代わり今度ジュースおごってくださいよ」


「柚葉くんへのお礼となればジュースどころかケーキを用意して待ってるよ」


「その言葉忘れないでくださいね」


「ちょっ……勝手に話すすめないで――」


「大丈夫、しっかり案内するから任せて!」


「……はぁ」


「それじゃあ、放課後、よろしくね! 夜水くん」


「……よろしくお願いします」


( 放課後。

 夕暮れが差し込む廊下を、奏都と柚葉は並んで歩いていた。


「ここはバトル練習室。魔力を楽器に変えて魔法を使うの。私はリリックブレイカー。 夜水くんは?」


「コードメイカー。支援専門……っていっても、たいしたもんじゃないよ。攻撃ができるわけでもないし」


 どこか自嘲気味な口調に、柚葉は少し眉を下げた。


「でも、支援がなかったら戦えないよ? リリックブレイカーは、後ろから奏でてもらえるからこそ、前に立てるんだよ」


「理屈ではね。でも、現実は違う。注目されるのはいつだって、派手な技と、強い攻撃魔法ばかり」


「そう思ってるの、 夜水くんだけかもよ?」


 微笑む柚葉に、奏都は小さく肩をすくめた。


「……かも、しれませんけど」


 そのまま校内を歩きながら、柚葉はふと問いかける。


「ねえ、奏都くんはどうしてこの学校を選んだの?」


「適性が出たから、かな。勧められるままって感じ。……この学校を出れば、それなりに将来も保証されるって、言われたし」


「そっか。現実的。でも……悪くない理由だと思うよ」


「大して期待もされてないし」


「私は、期待してるよ」


 その言葉に、奏都は思わず足を止めかけた。だが柚葉は続ける。


「自分の意思でここに来た人より、“なんとなく”来た人のほうが、ふとした瞬間にすごいことをするんだって、信じてるから」


 階段をのぼり、最後の扉を開けると、春の風とともに桜の花びらが舞い込んできた。

 その向こうに広がるのは、夕焼けに染まる街並み。


「ここ、私が一番好きな場所なんだ」


 そう言って柚葉は風に揺れる髪をかき上げた。


「街の音が、ここからだとちょうどよく混ざり合うの。風の音、遠くの車の音、どこかで練習してる音楽部の音――それが全部、ひとつの曲みたいに聞こえる瞬間があるんだよ。

 この学校も好き。いろんな子がいて、いろんな音が響いてて、まだ不完全だけど……それがなんだか、ひとつの大きな楽曲を作ってるみたいで、愛おしくて」


 くるりとスカートを翻し、真っすぐな瞳で柚葉は奏都の目を見た。

 そして優しい笑顔と自信に満ちた声で言葉を綴る。


「私は、みんなを幸せにしたい。想いを守りたい。だから、この学校に入ったんだ」


 その瞬間、奏都のこめかみに鋭い痛みが走った。

 まぶたの裏に、ぼんやりとした光景が滲む。


 ――ピアノを囲む、二人の子ども。

 ――優しい歌声。

 ――「かなと」と名を呼ぶ声。


「君は……」


 思わず呟いたその瞬間、校内放送が割り込む。


『朝霞柚葉さん、至急職員室まで来てください』


「あ、ごめんね。あとは自分で帰れるよね?」


 柚葉は手を振って、駆け足で去っていった。

 夕焼けの屋上に、奏都はひとり取り残された。


「……まただ。あの時と同じ……“声”がした」


 その直後、警告音が空気を裂いた。


炎邪エンジャ反応:東棟側区域──ランク未定、タグ反応不明』


 奏都は驚きに目を見開く。

 風が強く吹き抜ける中、彼はゆっくりと立ち上がった。


「この空気……違う……何かが……始まる……)



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