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【13】選択の代償

 あれからヒバナは、ツバキの今後について答えを出せずにいる。

 週に一度の非番の日。ヒバナは昼を迎える前に起床した。

 起き掛けに、ぼんやりと回らない頭で本日の予定を考える。


(剣の稽古から初めて……部屋の掃除もして……そう言えばグレン師匠の酒を盗んだこと、知られたのだったな……)


 どうやらお咎めはサクヤにいったらしいが、おかげでヒバナはこっぴどく怒られたのだ。

 用心棒の給料は、子どものお小遣いのようなもの。そこから酒代を補填しなければ。手元に金はいくら残るだろうか。

 ヒバナは重い腰を上げて、部屋の扉を出た。

 それから日課の鍛錬を終えたヒバナは、昼食を摂るために食堂へと向かう。

 〈夜鷹〉の開店時間は夕方を過ぎてから。この時間から活動する人間は少ないが、チラホラと人の姿が見える。夜を迎えるまで余暇を過ごしているのだろう。

 そこに見覚えのある男の姿を目に留め、ヒバナは近寄った。


「ツバキ、ユツ」


 その目立つ容姿から、なるべく部屋に引き籠もっているらしいツバキが食堂にいるのは珍しかった。

 ヒバナは目を丸くして、彼らの名を呼んだ。


「お~ヒバナじゃんよ」


「おはようございます。ヒバナ」


 ユツは気さくに、ツバキは上品に微笑むと挨拶を返す。彼らもまた、昼食を摂っているようだった。

 しかし、二人が行動を共にするのは意外だったので、ヒバナはツバキの隣に腰かけながら訊ねた。


「君たち、いつの間に親しくなったのだ?」


「なんだよぉ旦那様。俺様に嫉妬してんのか?」


「そうなのですか? ですが安心してください。わたくしは貴女だけを見ています故」


 おっとりと微笑みながら、ツバキは嬉しさを表すよう、口元に両手を寄せる。


「別に。珍しい取り合わせだな、と思っただけのこと」


 自惚れるつもりはないが、ツバキはヒバナ以外の人間には、どこか壁を作っているようにも思えた。そんな彼が、他の人間と親しくする姿は想像がつかなかったのだ。

 それにユツは鼻が利く。野生の感とでもいうのだろうか。危機管理能力が高いのだ。

 いかにも危険分子であるツバキとは、サクヤの頼みがなければ距離を置きたがるものだと思っていたが。


「俺様美男子は嫌いだけどさ、〈黒卿のしもべ〉や殺生鬼について、今や語れるのはこいつくらいしかいねーからな」


(なるほど。情報収集というわけか)


 貪欲な情報屋らしい。しかしその対価は必要だろう。


「おい。ツバキから一方的に搾取しているわけではなかろうな?」


「一流の情報屋である俺様がそんな不義理な真似するわけないだろぉ?」


「ん? 金でも払っているのか?」


 首を傾げるヒバナに、ユツは太々しく笑う。


「ばーか。情報には情報だ。こいつには、代価に情報を支払ったんだよ」


 嫌な予感がする。嫌な予感しかしない。

 ヒバナは念のために確認する。


「代価って、何を?」


「愛しい旦那様の、機密事項だぜ。食べ物の好みから、躰の寸法まで――」


 フフン、とやりきった顔をするユツを前に、ヒバナは無言で拳を握りしめた。


 ***


 騒乱を解決するために、時には暴力を必要とすることもある。

 おしゃべりな情報屋を拳で黙らせたヒバナは、ツバキに提案した。


「なあ、ツバキ。外に出かけないか? 今日は良い天気だからな」


 すると彼は、喜びを滲ませつつも、遠慮がちに問う。


「よろしいのですか? ヒバナ。今日は貴女の貴重な休日では?」


「休日だから、好きに過ごすのだ。街を散策するのに、供をしてくれぬか?」


 ヒバナの頼みに、彼はいちにもなく頷いた。


「まさか! わたくし、愛する旦那様と逢引きをする日を迎えるとは、想像もしませんでした……!」


 彼が夢見るような、秘密の逢瀬でなない。

 ただ単に、重い荷物持ちを手伝ってくれたら有難いなぁ、と目論んでいただけだ。しかし否定する理由もないので、「そうだなぁ楽しみだなぁ」とヒバナは適当に合槌を打った。


「ところで、ユツ殿は……」


「ほっとけ」


 机に沈む情報屋を一瞥すると、ヒバナは冷たく答えた。


「処分いたします?」


「そこまではしなくていい」


 〈夜鷹〉の裏口から出た二人は、のんびりと大通りを歩く。

 歩きながら、ヒバナは失敗を悟った。

 ツバキは傾国の美人といった顔立ちをしている。そして貴重な黒髪赤目。だが、その身を包むのは下働きが着るような粗末な装いだ。

 なんとまあ、釣り合いがとれないことか。初めから彼が高級男娼としての装いをさせるべきだった。

 そのちぐはぐさが、不必要に注目を集めているのだ。

 そしてその一端を担っているのは、ヒバナ自身だった。

 ヒバナは日頃から、男装をしている。用心棒というお役目を果たすにあたり、女という性別は差し障りがあるのだ。

 逢引きなら、手を握っていて欲しいと強請られて、なるほどとヒバナは了承した。

 だが、男同士が手を繋ぎ、道を闊歩するのは人の目を引く行いのようである。


「……なあ、ツバキ。手を離してもよいだろうか?」


「嫌です」


 ツバキは爽やかな笑みで、すかさず否定する。

 ヒバナに従うと言った彼だが、しかしその主張は激しい。


「今日一日、わたくしは貴女の手を取る、権利がございます故」


 そんなこと、望めばいつだって叶えてやるが――と考えたヒバナは、だが口にはしない。

 どうやら、和やかな会話をしている状況ではなさそうだ。


(…………追手がいるな。いち、に、さん……四人か?)


 明確につけられている気配を察して、ヒバナは身を硬くする。

 ツバキもまた、気づいているのだろう。手を握る力が、僅かに強まる。

 『夜の街』は未だ訪れない。人通りの少ない大路で、追手を巻けるものか。

 しかし相手もまた、表立って手を下せないだろう。


(ツバキを狙った人売り? 一旦様子を見るか……?)


 密かに思考を巡らせるヒバナを抱き寄せて、ツバキは耳元で囁いた。


「愛しい旦那様。ヒバナ」


「ん、何だ?」


 彼のくちびるが耳朶を掠めた。その吐息が焦がすような熱に、ヒバナはブルリと躰を震わせる。


「おそらく、彼奴らの狙いは殺生鬼たる、わたくし」


「……つまり、何が言いたい?」


「わたくしが囮となりましょう。その間に旦那様には」


「許さぬよ」


 ヒバナは毅然として言った。


「君がわたしを旦那様と慕うのであれば、存分に巻き込んでおくれ」


「しかし」


「これはお願いではない、命令だ」


「……承知いたしました」


 不服そうにしながらも、彼は頷く。

 それからヒバナたちは、さっと裏通りに逃げこんだ。

 『家無き者』たちの気配はない。危機に一段と敏感な彼らは、明確な殺意を感じ取って、早々に避難したのだろう。

 であれば重畳。余計な被害を与えずに済む。

 ヒバナたちは入り組んだ路地を駆ける。

 開けた行き止まりに辿り着くと、注意深く辺りの様子を見渡した。

 追手の気配こそあるが、姿は見えない。


「姿を現せ、下郎ども」


 ヒバナが声をあげると、暗がりから四人の男が静かに姿を現した。

 いずれも闇に融けるような黒い装束を纏い、顔を覆面で隠していた。

 彼らの手は刀に伸びていた。

 相手の数は多く、こちらの分が悪い。暗殺者たちも同じく考えているのだろう。じわじわと獲物を追い詰めるように、距離を縮めてくる。


「ヒバナはわたくしの後ろにいてくださいますか」


「ツバキ、わたしも――」


「殺しができない貴女は、足手まといだ」


 一緒に戦うと言いかけたヒバナを遮り、彼は冷たく告げる。

 その強い拒絶に、言葉が継げないヒバナを一瞥すると、彼は言った。


「殺生気の戦い方、お見せしましょう」


 そして空高く跳躍した。

 暗殺者たちの注意が揃って宙へと向かうが、そこに彼の姿はない。

 ツバキは暗殺者のひとりの背に降り立つと、後ろ首を短刀で切り裂いた。

 それから短刀を矢のように放ち、二人目の暗殺者の喉笛を的確に貫く。

 残りの二人が彼に襲いかかろうとする――ツバキは身をさっとかがめ、絶命した暗殺者の刀を拾うと両手で握り、片方の男の腹へと押し込んだ。

 それから大槌のように力任せに振り回し、四人目の暗殺者を巻き添えにする。

 予想外だったのだろう。最後に残った暗殺者はグラリ、と体制を崩した。

 ツバキは彼を蹴り倒し、膝立ちになると、引き抜いた刀で手首を切りつける。


「ぐぅぅ……!」


「吐け。貴方達の主は、どこのどいつ?」


 暗殺者は舌を噛み切ろうとしたのだろうか。

 しかしツバキは躊躇なく彼の口に手を入れると、前歯をまとめて抜いた。


「ぐうぁあああ……!」


 痛みに悶絶した男が、くぐもった悲鳴を上げる。

 ツバキは一本、また一本と歯を抜いていく。


「痛いだろう? 俺は拷問も得意だよ。最期は優しく殺してあげるから、痛い思いをしたくなければ、素直に吐いて?」


 ヒバナは呆然として見つめた。

 あのツバキが。ヒバナを旦那様と慕う彼が。顔は笑っている。美しい顔に、慈愛を感じさせる笑みを浮かべて、けれど、殺意と不快感を隠そうともせず、男を苦しめている。


「あーあ。歯、無くなっちゃったね。次はどうする?」


 血と唾液まみれの手を引き抜いて、ツバキは男を冷酷に見下ろす。

 ツバキの意識は、男に向けられていた。

 だから、気づけなかったのか。


(新手か!?)


 微かな物音。五人目の暗殺者がツバキに迫っていたのだ。

 〈悪死鬼〉のような、鋭利な鉤爪で彼を切り裂かんとする。


「危ない、ツバキ!」


 ヒバナは暗殺者に飛び掛かる。

 刀を抜くよりも、歌うほうが早い。素早く詠唱を囁く。

 自らの躰の変化を確信し、ツバキを庇う盾となった。


「ぐうっ!」


「ヒバナ!?」


 切り払われた衝撃で、石畳に身を叩きつけられる。受け身がとれず、強かに躰を打ちつけてしまった。

 硬化の魔術を身体に施しているから、痛みは軽減されているが、それでも痛いものは痛い。

 聞いたことのない、身を裂くような、ツバキの絶叫。

 それから地を這うようなぞっと低い声で彼は告げた。


「ああ、許せない……。俺の旦那様を傷つける存在は、すべてすべてすべてすべて! 痛みも感じる間もなく、殺してあげる」


 脳震盪を起こしているのか、黒い視界では何も見えない。

 ただ、ツバキのものではない、男の断末魔が響いて聞こえて。

 ヒバナの意識はプツリ、と途絶えた。

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