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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

墓地少女とカンテラの火

作者: 徘徊猫

 人が寝静まる夜に一人の少女が墓地を歩いた。学校帰りに片手に持つのは小さな鳥かご。白い髪を後ろでまとめて、学生服の上に一枚羽織るだけ。こんな暗闇の中では片手に木の棒を握っても心細い。ただし、この少女・スヴェトラーナにとっては少し違うようだ。

 「こんな時間に“お腹が空いた”だなんて、迷惑な話だと思わない?」

 「我はいつでもお前を食べてもいい。ただ、お前の態度に興が乗らぬだけだ。まったく、生きたいのなら命乞いの一つでもすればよかろう」

 少女のカゴの中には小さな鳥が一羽、瞬くように体を輝かせてあたりを照らしていた。それは火の化身であり、獰猛で人を喰らう悪魔でバーリンと呼ばれている。故あって、今は少女のカゴに閉じ込められて、窮屈な日々を過ごしている。

 「ふうん? そんな態度で本当にいいの? 今度友達にあなたがお気に入りのマカロンを貰うの」

 「そんな些事に心は動かないぞ、小娘。人間なぞ生命の中では弱者に過ぎぬ、その足らぬ知恵でいくら策を弄しようともな。我がこの忌々しい檻を飛び出た暁にはシェフを従わせ、毎日豪遊三昧よ。暫しの欲求は耐えきれぬものではない」

 「その頃には別のお菓子が生まれているよ。そういえば学校のカフェで新商品が発売されたと噂されてたかな。なんでも“期間限定”で“本家直伝”の製法から材料を“厳選”して作られたものらしいね。だから、今度友達とお茶会しようと約束したんだ」

 「勿論我の分も用意してくれるな?」

 「いいよ。特別に一個あげる。さて、要事を早めに済ませないとね」


 墓地から出ると広がるのは怪奇賑やかな市場だ。人によっては泡を吹いて倒れてしまうかもしれないが、スヴェトラーナは毅然として進み、道端に商品を並べる一角に立ち止まる。店の前に立つ悪魔は無言のまま少女を見下ろした。

 「店長さん、この樹脂を貰えない? うん、ありがとう。お代はいつも通りにね」

 

 「また安物か、まだそこらの木を飲み込んだほうが生気を取り込める」

 「文句言うならもうお菓子の一口目をあげないよ? バーリンは遠慮なく頬張るから、いつも私の分は少ないし……はあ、今月も貯められなかった」

 市場から離れて仕事の貼られている掲示板で内容を吟味しながら、ラーナはその前で小さく唸る。

 「仕事仕事、魔女鍋用キノコの採集と薪の納品。……どうせ薪もろくなことに使われないんだろうな。ともかく、私にできるのはこの程度だし、早く大人になりたいな」

 「それで毎日牛乳を飲んでいたのか」

 その瞬間、ラーナは仕事の張り紙にかけた手がとまり、ソワソワする口元を閉じて少しずつ言葉を口に出した。

 「変に感心しないでよ、ううっ。良いでしょ、別に。だって、大人は色々できるし、私より長く生きている。それだけで追いつくことはできないんだよ」

 もちろん、ラーナの耳も頬も赤くなっていた。


 うとうとと目を微睡わせながら少女は墓地を歩く。墓地の端にある小さな小屋、扉を開いた先にあるベットに倒れ込む。

 ラーナが意識を手放した瞬間、鳥かごの扉が開き小さな小鳥は彼女を包み込むほど大きなドラゴンへと姿を変えた。その膝下でラーナは外気より暖かな巨体に擦り寄り、バーリンの前足を枕にして小さく丸まっていた。

 「……」

 バーリンは鼻を鳴らし、縦に割れた瞳を少女との間に結ばれた呪いに向けた。これがなければバーリンは空を飛び、大地を燃やし、豪奢に装飾された洞窟で俗世を睥睨するはずだった。


 いつの間にか、女性が小屋の中に入ってきた。

 「あらあら、あの凶暴な炎が今や番犬と変わり果てるだなんて、生半可な呪いでないとはいえ、随分と惨めな姿を……いや、悪竜と呼べばよろしいですか? バーリン」

 きらびやかなドレスと小さく膨らんだ傘を肩に掛けて妖艶に微笑む。しかし、このミステリアスな雰囲気はきっと彼女の容姿ではなく、彼女に宿った悪魔の気配だ。

 「番犬? それも間違いじゃないかもな。それで、なんのようだ?」

 「変わりましたね、訂正しましょう。あなたは負け犬だと、そんな子どもに囚われるだなんて……誇りの欠片もない」

失望した様子で肩を落とす仕草と、その後に嘲るような笑みを称える。

 「誇りだと? ふん、お前の評価に一体なんの価値のある。お前こそ己を棚上げして非難する弱者ではないか」

 「ッ、いいでしょう。今のあなたは首輪を付けられた番犬……それからは大きく離れられない。特に、何かを薪としなければいけないあなたなら!?」

 女性に憑依した悪魔が声を荒らげた瞬間、ボッと彼女の体が燃え上がる。

 「騒ぐな、勝手に縄張りに侵入した上で、なおかつ休息を妨げたのだ。覚悟はできているな?」

 アァァァァ、と声にならない叫び声を上げて、悪魔は地面に身体を擦り付けるが劫火を消すことはできない。

 「ちっ、忌々しいほどこの上ない。勝手に視界に入ったものを消し炭にすらできんとは」

 「はぁっ、はぁっ、も、もうやめてください。なっ、何が望みですか? バーリン様……お願いですから消さないで……」

 悪魔は消滅の淵で震える声で必死に命乞いをした頃には、バーリンは眼中になかった。その事実が悪魔の心を折られ、憑依された女性か悪魔か見当がつかぬほどか細い嗚咽をあげた。

 「ん? まだ居たのか、さっさと……うん? ふむふむ、いいことを思いついたぞ、お前。庇護下においてやるから我に従え、消えたくはないのだろう?」

 「お、お望みのままに」





 「ねえ、なんであんな自信満々に正面から突っ込んじゃったの? こういうのって、普通はドラゴンを起こさないようにひっそりと宝物を盗むのがセオリーだよね?」

 「い、いわないでよ。悪魔は尊大な態度で居なければならないの、知人でなくても知人のように振る舞うように……」

 「えっ? じゃ、じゃあ……私たちが生き永らえたのはバーリンの気まぐれだったってこと?!」

 「……あはは」

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