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到着したバスで移動し、菊人形展の会場である霞ヶ城趾、通称「お城山」の駐車場に到着。「菊人形」については年配の人が行くものというイメージがあり、同世代の人ではあまり行ってきたという話は聞かないが、この時期に二本松の雰囲気を伝えようとすればベストな選択だったかも知れない。すぐ会場に向かうという選択肢もあったが、最近完成したばかりの歴史資料を展示する『城報館』という建物にも興味はあったので先にそちらに移動してみることに。ここで思わぬ『出会い』。
この日は建物の二階から入館できる入り口を敢えてスルーし遠回りして敢えて正面から入館してみた。入ってすぐの場所に飾ってあったのは一体の女性の『菊人形』。ただし普通は本物の菊の花で衣装を飾った等身大の人形であるのに対して、ここに飾ってあったのは地元の『和紙』を菊の花の形に切り取ってそれを大量に着物に貼り付けた『和紙バージョン』の菊人形。近くに添えられていた説明書きを確認する限りかなりの期間を要した作品らしく俺でも驚きがあったが、隣のハルカさんの表情を窺ったところもはや『驚愕』に目を見開いているほどだったので何事かと思って「どうしたんです!?」と声をかけた。
「あの綺麗な女優さん…わたしの憧れの…」
「大丈夫ですか!?ハルカさん?」
ハルカさんには一度落ち着いてもらってゆっくり話を聞いたらこういう事だった。
「この世界の映画とかドラマ、全てではないけどわたしの世界でも観れるものがあるんです。それで、家でお母さんと一緒に『この人素敵ねぇ』って言い合ってた女の人がいて、それが『この人』…によく似ているんです」
「あ…」
地元民の知る…暗黙の了解的に中々大っぴらにしづらい、おそらくはその人形の顔のモデルとなった某人物のこと。今思えば確かにコーラのCMにも起用されていたなぁとか思うが、とにかくハルカさんはその人のファンだったらしく彼女は続けてこんな爆弾(?)発言。
「お母さんがわたしの名前をつけてくれた時に『素敵な女性になれるように』とあの人と同じ名前にしてくれたんです」
「あ…そういうことだったんですか」
意外な状況から名前の由来を知れてなるほどと思う反面、人形から少し目を逸らしたい気分になったのは何故なのだろうか。異世界にもその名前が轟く俳優さんというのもある意味では名誉なことなのかも知れない。その後、二本松のマニアックとも言える歴史資料をハルカさんになるべく噛み砕いて説明して回っているうちに、<あ、俺も何にも分かってないな>と実感してしまう瞬間が訪れる。そんな説明にもハルカさんは碧い瞳を輝かせているので必死に頭を働かせて文字を追っていた。入り口付近にあった「提灯祭り」の山車、それも提灯が沢山付いている様子にもハルカさんが感動していたのも印象的だった。
「お祭りっていいですよね!わたし達の世界にもお祭りあります」
「どういうお祭りなんですか?」
「その日はみんなで仮装するんです。自分の好きなものに変身して神様に祈りを捧げます」
何気ない質問からも想像しない答えが返ってくるのは本当に面白い。「ハロウィン」みたいなものだろうかと一人で納得していたけれど、ハロウィンは神様というよりも「お化け」のイメージが強いからどことなく不思議ではある。最後に二階に上がり行きはスルーした出口から城報館を後にする。その際、ガチャの機械とか販売されているお土産もちらりと見てもらったのだがそこには観光客の姿も多く、年恰好も含めて明らかに目立つハルカさんが困らないように誘導する必要があった。
<服だけ着替えて貰えばよかったかなぁ>
最終的にはそんなことが思い浮かんではいたけれど、実際問題どのように自分が女物の洋服を手に入れられたかと考えるとかなり難しい話だった。漠然と案内するシミュレーションはしていたものの反省点である。何はともあれ、無事に見学を終わったので今一度『本丸』である菊人形会場へ向かうことに。肌で歴史を感じられる「城址」の様子や周囲の独特の雰囲気、スピーカーから聞こえてくる和を感じさせるBGMがハルカさんにはどういうものとして受け取られていたかは未知数ではあったけれど、表情からはワクワクしている感じには映った。緩やかな形状の階段を一段一段登ってゆくとすれ違う人の視線がハルカさんに集まるのが分かった。やっぱり「存在感」というものなのだろう。年配の方が多い空間ではあるから、その人たちが思っていることが声に出てしまったりして、「あら、あの人」とか「まあ」とか驚きも伝わってきた。ただどんなに想像力が豊かな人であっても、外国人、異邦人、以上の発想は出てこないだろうという謎の安心感も生じ始める。
「ここでも大丈夫そうですね。みんなハルカさんのことを外国人だと思ってるみたいです」
「そうですね。この世界に来れた人の体験談だと『とにかく落ち着いて行動していれば大丈夫』って。不安がっている方が逆に怪しく思われちゃうみたいですね」
「なるほど…」
彼女の世界の事情はほぼ不明な状態ではあったがハルカさんにも心得があるらしいから、それ以後は普通に遠くから来た人に菊人形のことを紹介するつもりでエスコートできたと思う。売店の美味しそうな食べ物の匂いが漂う会場の入り口でチケットを購入したりだとか、菊を花を愛でつつ城報館で見たようなリアルな人形が今度は本物の菊の花で鮮やかにデコレートされているのを見て、地元民にとっては強烈な既視感でもあるけれどハルカさんの新鮮な驚きを見ているのはしっかり嬉しい。日本語の文字はある程度読めるらしい彼女が、人形のエリアの手前の立札の『解説』をじっくり読もうとしていることには感心してしまった。日本の戦国時代とか江戸時代とかの武将とか、日本史上の有名な出来事とか、確かに場面が人形で再現されていればイメージはし易い。
「やっぱり難しいですね。でも『文化の違い』ってこういうことなんだなぁって思います」
「全然違う世界なんでしょうね。俺もハルカさんの世界を見てみたい気がしますね」
何気なく言った一言ではあったけれど、その時ハルカさんがこちらをじっと見つめて「来たいですか?」と訊ねてきたのはちょっとドキリとした。訊ねられて実際にハルカさんの世界に行く想像をしたからでもあるけどハルカさんの美しい瞳で見つめられた時に、それまでの自分が味わったことがない感情を味わったような気がしていた。菊の花の匂いが漂い、穏やかで心地よい日差しを浴びて自然と笑顔になってゆく自分。とはいえ会場を順路に従ってじっくり見回って出てゆく頃には結構へとへとになって、再び美味しそうな匂いを漂わせている売店を見ていたら急激にお腹が空いてきた。
「ハルカさん、何か食べますか?」
「いいんですか!?」
正直この日の予算などあってないようなもの。持っている分を出し切っても仕方ないつもりで、串焼きとか焼きそばを食べたり、ついでにハルカさんのお土産も購入。流石にそこまでするとハルカさんも俺に対して申し訳なさそうで、
「この世界で何かをするにはお金のことはやっぱりネックなんだなと感じました。分かってはいたんですけど、わたしも何とかしないとですね…」
と呟くように言っていたのは気になっていた。