⑦
ハルカさんを連れ、とりあえず駅まで歩くことに。彼女のはしゃぎっぷりは商店街の通りでは少しばかり目立ち、青を基調とした異国の装いともなれば尚更だ。もっとも、人通りは少ないので通り過ぎてゆく自動車からこちらを見たらという話。
「わたしちょっと調べて来たんだけど、この町には『お城』があるんでしょ?」
「はい。もともと城下町ですからね。そういや今はそこで『菊人形』っていうのをやってますよ」
「『キクニンギョウ』。どこかで聞いた事があるような」
「というか普通に謎なんですが、ハルカさんは『異世界』でどうやってこちらのことを調べるんですか?」
「うーん…なんて言ったらいいんだろう。わたしの世界に、この世界の情報が流れてくるの。義博くんが使っている『インターネット』の情報も『部分的』に見る事ができるの」
「部分的に?」
「この世界でかなり多くの人が共通して同じことを認識していれば、その認識している内容をキャッチする機械があるから色々見れるの」
…なんだろう、ハルカさんはサラッと重要な事を述べたような気がする。少し漠然とした表現ではあるけれど、彼女の住む『異世界』は俺がイメージしていたものとはかなり異なりそう。そして俺はそこで考えた。『二本松にお城(正確には城跡)がある』は多くの人の共通認識と言っていいレベルにあるとしたら、日本人なら誰でも知っているようなことなら基本的にはハルカさんは知り得る状態にあるはずだ。ハルカさんにこんな質問をしてみる。
「ハルカさんって、野球選手の大谷さんってご存知ですか?」
「ショータイムの人でしょ?二刀流!!」
明らかにテンションの上がったところを見るとこの辺りのレベルの情報は十分把握してそうだ。そういう事ならコミュニケーション上の不安はかなり減少することになる。音楽では「ヒゲダン」とか「マカエン」でも通じたし、映画やゲームのようなエンターテインメント系の情報も知名度が高いものならこの世界と同様に享受できるらしい。らしい、と納得はしたもののなんでそんな事ができるのかという原理的なことについてはブラックボックスなのでモヤモヤしてしょうがないが。ハルカさんに商店街について説明しつつ神社付近を通り過ぎ、信号を渡る。
「ここ下りると駅ですよ」
「駅ね。今日は電車に乗るの?」
「いや、さっきハルカさんと話していた『お城』の方に行くつもりです」
「いいね!歩いて行ける距離?」
「ハルカさんを案内するつもりで少しプランを立ててたんですが、今の時期駅からお城まで『シャトルバス』が出てるんですよ。そのバスに乗れば楽かなと思いまして」
「その…わたしこの世界のお金持ってないんだけど大丈夫?」
「その辺りの事については心配しないで下さい。俺の手持ちで十分対応できると思います」
「義博くん、本当にありがとう。自分が無理を言っていることは分かってたんだけど、どうしても義博くんとこの町を歩いてみたくなったの」
「心情はよく分かります。俺もせっかく来たんだったらそうしたいと思いますって」
「あっ…そういうことなら。でも待って…」
少し困惑しているような様子のハルカさん。何か変なことを言ったのか不安になったが、
「どうしたんですか?」
と訊ねると「ううん、なんでもないの」と答えた。
「駅見えてきたね!」
坂を下り、正面には見慣れた駅の様子。その時間にはすっかり霧は晴れ、少し開けた駅のロータリーの横にバス停を見つけ出発時刻を確認する。11時発となっているのでその時間まで少し待機する必要があった。俺はその時あることを思いついた。
「ハルカさん、コンビニ寄ってみます?あっちに見えるでしょ?」
「あ、行きたい!」
こちらの世界のコンビニは初めてだったようだけど、そこまで不慣れな様子は見られなかった。商品のパッケージを一つ一つ確認してゆく姿はどう見ても『外国人』という感じに映る。
「コンビニはやっぱりコンビニなんだね。こっちの会社も参考にしてるからそのままだよ」
「なんだか不思議な世界ですね。とりあえず飲み物は買いましょう」
「義博くんがいつも飲んでるのをわたしも」
「無難にコーラーですかねぇ」
「あ!コーラ飲みたい!」
流石コーラは世界共通だけある。ただハルカさんが「グラスに氷入れて飲むんだよね!」と言った理由が何故なのか分からなかった。コンビニに長居をしてしまうのも悪い気がするので、とりあえず会計後店を出て周辺を案内しつつシャトルバスの時間を待つ。念のためバスの乗り方を説明する必要があるかと思い彼女に訊ねてみるとハルカさんの世界ではバスの運転手は『人ではない』と彼女の口から聞いてしまい頭がこんがらかる。
「わたし達の世界では物も意思を持つ事があるの。だから『自動運転』っていうの?」
「いや…俺たちの世界でも自動運転はまだ完全には実現していないですし…」
何から何までデタラメのような気がしてしまうが『物理法則が違う』と最初に宣言されてしまっているから受け入れるしかない。この辺りから俺はそう思うようになった。