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数学の授業中、因数分解の練習問題をひたすらに解いて、例の如くベテラン感漂う女性の教師に指され黒板で解答した一問に限ってケアレスミス。普段だったら<あーやっちゃった>という後悔に襲われるものだがこの日は自分でも何となく受け入れ気味。前日の予期せぬ邂逅があって以来、起床してからも頭に何かが引っ掛かってしまって集中していない自覚がある。クラスの中では一応数学の出来る人だと思われているからなのか、このミスでクラスメイトの「おやっ?」という様子も少し感じた。



日に日に冬が近づいてきているからなのかこの日は特に寒い印象で、休み時間の会話がもっぱら「寒いねぇ」とか「これから寒くなるらしいよ」とか。男の一人が年寄り臭いイントネーションで「しばれる」と口にしたせいで思わず吹いてしまった事以外は話題性のあることは特にない日。だからなのか友人の高宮と昼食を摂っている間も「カンカラおじさん」なるワードを口にしたい欲求が溢れ、すんでのところで堪えた感じ。ゲーマーの高宮は数日前に市内にできた大型のリサイクルショップに行った話を振ってくる。


「前よりも品揃えが良くなってさ、近くに店があるのはテンションあがる」


「あそこガチャとかクレーンゲームも多いよな」


「今度一緒に行くべ」


「いいけど、俺あんまり金遣いたくないんだよな」


「なんか買うの?」


高宮に問われてまさか「カフェに通うため」とは言えない。連日「ナ・ガータ」という食堂兼カフェに立ち寄るなんて自分でもどうかしていると思うが、「カンカラおじさん」こと菅野力氏の事はいうに及ばず、展示室で出会ったあの謎の外国人(?)がもしまた訪れた場合、彼女のことをもう少し知りたい気持ちがある。それと、前日は圧倒されて何だかよく分からなかった作品の事とかも詳しく話を聞いてみたい。


「まあそんな感じ」


高宮には適当に濁してお弁当の卵焼きを一気に頬張る。母親から普段より帰りが遅かったことを指摘されたが、それに対しては素直に「新しくできたカフェに寄ってみた」と伝えてある。とにかく授業を恙無く終了させて体力を温存しておく必要があるなと感じていた。



☆☆☆☆☆☆☆☆☆



傾斜のある坂を下ってから帰路とは反対方向に向かう。商店街でも外れの方は案外知らない場所だったが、少し歩いて「OPEN」という立て看板が置いてある店「ナ・ガータ」はかなり明るい色合いの建物だから周囲からは際立っている。扉を開くとチリリンと鈴が鳴り、奥から「いらっしゃいませ」という声が聞こえる。外よりもずっと暖かい空気のおかげでホッと一息つけたものの、正面から現れたのが昨日の店主ではなくて柔和な笑みを浮かべた女性だったのでドキリとした。


「昨日も来たんですけど、大丈夫ですか?」


「はい、大丈夫ですよ。ああ、そういえば昨日高校生が来たんだよって言ってた!」


「もしかして奥さんですか?」


「そうそう。昨日はちょっと用事があって居なかったの」



女性の年齢もだいたい店主と同じくらいに見えて、オシャレな三角巾を被ってエプロン姿の出で立ち。初対面でも親しみが持てて話してみても安心感を与えられる。高校生の『幕田義博』という人間が彼女にはどう見えているのか気になってしまったが、今のところ変人扱いをされている感じはしない。実際、高校生が二日続けてカフェに入り浸るなんて、と自分の中では思ったりもするけれど世間的にはどうなのだろう。


「好きなところにどうぞ」


言われるまま前日と全く同じテーブルに向かう。この日もお客さんは自分だけという状況で、とりあえず何か注文した方が良いと思い「コーヒーを」と告げる。それからスマホを取り出してメモを開いてこう一文を付け加える。


『「ナ・ガータ」は夫婦で経営』


待つ間店内の様子を写真に収めていたりしたが、気になったのは壁に飾られてある絵画が「ごくごく普通」の風景画だったということだ。もしこちらの方にも「カンカラおじさん」の作品が使用されているとしたら相当異様な空間になったかもしれないから、展示室をドアで物理的に区別するのは必須だろうと感じる。


「はいどうぞ。昨日展示室は見たんでしょ?」


「はい。凄かったです」


「やっぱり凄かった?ネットでも一時話題になったの」


コーヒーにミルクを注ぎつつ奥さんと会話していると、当然なのかも知れないが「常識人」という感じだったのでこの日は落ち着いて情報収集ができそうな見通し。そこで、


「ところでこの店、外国人の方とかお見えになりますか?」


という確認をしてみた。念頭にあったのは「ハルカさん」の存在。一瞬の出来事だったけれど強烈な印象を残していったハルカさんのことを奥さんが知っているかも知れないという淡い期待があったものの、「いいえ、まだそういう方はご来店していないですね」という言葉で立ち消えた。とりあえずコーヒーを味わってから奥さんに声を掛け、展示室に移動した。



ドアを開けるとやはり異空間。自分一人で作品を鑑賞(?)していると次第に頭がクラクラしてきたのだが『撮影OK』という張り紙がしてあったので、とにかく気になる作品を写真に収めてゆく。膝から脛の巨大な像である『御神木』とガラスケースの中のマスコットキャラのようなぬいぐるみはインパクトがあるから高宮に見せると喜びそう。この日は特に目玉が明後日の方向を向いているぬいぐるみ、そしてその脇に抱えられた『猟銃』(もちろん模型)がどういう意味で作られたものなのか必死で考えていた。



<もしかして『猟師』なのかな?>



最近ニュースで「熊の出没」という話を聞いたりもするけれど、例えばこういう一見すると可愛らしいフォルムのマスコットが猟銃で熊を仕留めていたりしたら、、、とにかくゾッとする。そんなノリでなるべく映えがするようにと写真の撮り方の工夫をしようとしていたとき、背後で物音がしたような気がして振り向いた。


キィ



…誓って言う。俺は頭のおかしい人間ではない。理系に進むか文系に進むかの二択だったら、断然理系に進むつもりでいる。そんな俺が目撃したのは、「カンカラおじさん」の新作である奇妙な形のドアから突然人が現れたということだ。ドアはただ壁際のその場所に設置されているだけで、仕掛けなどあろう筈もない。いや、人が現れること自体が物理法則、この世の理として『あり得ない』ことで、更に現れたその人物が前日と全く同じ外国の民族衣装のような出で立ちの「ハルカさん」その人であるという『事実』は、受け入れられる現象とは到底言えないものだった、、、。

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