③
「え…今来たんですか?」
外国人かも分からない状態で、咄嗟に出てしまった女の子への質問。「カンカラおじさん」のこともそうだが動揺させられる事が多くてすっかり冷静さを失っていた。だがかなり意外なことだったが女の子はすんなりこう答えた。
「はい。今来ました」
そう言って俺ににっこりと笑顔を向けてくれる女の子は肌の色はアジアンな感じだがよく見ると瞳が青い。パーツが整っていて緊張してしまうくらいだけれど、特に目が『アーモンドアイ』と呼ばれるような美しい形だからなのか大人びた印象があった。とりあえず日本語が通じるという事が分かったのでもしかしたら『留学生』の人なのかなと当たりをつけて彼女に近づきながら会話を続けてみる。
「外国の人ですか?」
「外国…といえば外国ですね。でもこの国の事はしっかり理解してますよ」
かなりハキハキと流暢に喋るので少し特殊なタイプの人なのだと思うけれど、ただの田舎と思っていた二本松でもこういう人と出会えるというのは自分の中で新鮮な驚きだった。すると女の子から逆に質問が。
「貴方のお名前を教えてもらえますか?」
「俺ですか。幕田義博です」
「義博くんですか。わかりました、ありがとう。わたしの名前は『ハルカ』です」
「ハルカさんですか。日本的な名前なんですね。苗字は…あ、外国だと違うのか」
俺のうっかりで「ふふふ」と笑ったハルカさん。ちなみに俺は高校では同級生の女子に対してこんなにフレンドリーではない。元々外国の文化に興味があったりして外国の人に会った時には『文化交流』を心がけようという意識があったからハルカさんには自然に話しかけられる。ハルカさんの隣にやってきた時、再びあの『御神木』を見上げる格好に。やっぱり迫力があるのだがハルカさんがこれを何だと思って見ているのか気になった。
「ハルカさんはこれなんの像だと思ってますか?」
ハルカさんは「うーん」と唸って少し考え込んでしまう。服装も関係しているけれど近くでハルカさんを見ていると段々と現実感が失われてしまって心の中で、
<なんだこの状況は…>
とツッコミを入れていた。
「この像からは念が伝わってきます。何というか『一生懸命生きてゆきたい』というそういうポジティブなエネルギーですね」
ようやくハルカさんが口を開いた時その表現がある意味で「カンカラおじさん」の先程の説明と共通していたので若干唖然としてしまった。事前の情報なしにこの像を見てそう感じ取れるということは感性が豊かだという事なのだろうか…。
「すごいですね。俺は最初木か何かだと思ってたんですけど、これよく見ると人間の膝から脛の像なんですよ。これ作った人によると、一歩一歩歩いてゆこうという「魂」が宿っているそうです」
芸術とかまだ俺はよく分かっていないけれど見る人が見たら、ハルカさんと同じように感じるものなのだろうか。疑問は尽きないがハルカさんはその説明で納得がいった模様。
「そうだったんですね。そっか…だからわたしは「ここ」に呼ばれたのか…」
小声ではあったけれどハルカさんがそう言ったように俺は聞こえた。
「あ、そうだ」
俺はそこで少し気を利かせて作者である「カンカラおじさん」を呼んでこようと思った。だがカフェの方に戻って彼の姿を探してもどこにも見当たらない。「あれ?」と思って店主に訊ねてみると、
「ああ、力は一度自宅に戻ったよ。電話で誰かに呼ばれたみたい」
「あ、そうだったんですか」
空振りに終わってしまいちょっと残念な気持ちで展示室に戻る。だがそこで俺は、この日何度目になるのか分からなかったが、また驚かされた。
「え…!?ハルカさん????」
そこにはさっきまでそこに居たはずのハルカさんの姿が無かったのである。俺おじさんを探している間に帰ってしまったとしてもそれほど長い時間ではなかった筈。カフェの扉から出ていったのだとしてもそちら側にいた筈の俺は気付けなかった。狐につままれたような気分になってポカンとしていると店主が展示室にやってきた。
「どうしたんだい?」
「えっと、さっきここに女の子がいたんです。「ハルカ」と名乗った外国人だったのかも知れないんですけど」
「え?そんな人来てたんだ。気付けなかったなぁ。あ…そっかもしかしたら」
何かに気付いたのか店主は展示室の奥の方に歩いてゆく。そして壁側のある部分を指さす。
「ここに作品の搬入口があるんだよ。普段は鍵が掛かってるんだけど、新作運んできた時にもしかしたら閉め忘れたんじゃないかと思ってね。どれ、」
店主が取っ手に力を入れると扉が横にスライドした。彼の推理通り、カンカラおじさんが鍵を閉め忘れたようで自由に開け閉めできるようになっていた。
「じゃあハルカさんはそこから出ていったのか…」
一応謎は解けたものの、そこから出入りするのはあまり良くはない行動だと思う。ハルカさんが外国の人でよく分からずそこから出ていってしまったのだとすると辛うじて仕方なかったのかなとは思うが、もし今度見掛けた時にはちゃんと教えてあげないとなと感じた。その後、短時間で色々あり過ぎて頭が疲れてきてしまったのでこの日は帰宅することに。
11月初旬、帰宅部の俺にとってはやや暗く感じる夕刻。友人の高宮に今回のことを報告するには何となく消化不良でまだリサーチが足りない。坂を上り、自宅付近まで来たときに俺の心の中にはある決意が芽生えていた。
「もう少し調べてみるか」
その決意がこの後俺の運命を大きく動かしてゆくとはこの時には想像もしていなかった。