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「な、なんでその格好を?」
初対面の相手に失礼な発言をしてしまったかもと気づいても時すでに遅し。口元にはしっかり付け髭もしているくらいクオリティーの良いコスプレ姿のおじさんは俺を見下ろしながら口を開く。
「カンカラおじさんがどんな格好をしようとそりゃ『自由』ってもんだろうよ」
『自由』という部分を強調して発音したおじさんが最初に言った「カンカラおじさん」という謎のワード、そして地獄の底からやってくるような重低音の声に俺は怖気付いてしまいそうになる。
「ちから、お客さんは大事にしろって言ってるだろ?」
声のする方を振り返ると呆れた表情でカフェの店主が正面のおじさんに伝えていた。その様子と店主の言葉から何となくだが『コスプレおじさん』は展示室の関係者であると想像された。実際それは正しかったらしく店主は続けて俺にこう説明してくれる。
「彼は菅野力っていうんだ。「かんのちから」の頭と尻をくっつけて「カンカラおじさん」って最近では名乗ってるんだ」
なるほど「カンカラおじさん」というのは所謂ニックネームというところか。そう理解してしまうと未知のものへの畏れも大事和らぐ。再びおじさんの方を向き直ると彼が一礼してくれたので俺もそれに倣う。
「とりあえず中に入ってみな。今日『新作』を入れたばかりなんだ」
気になる語句はあったもののとりあえず彼の言うままに展示室の中に足を踏み入れる。
踏み入れた瞬間。噂には実物を目にしてみて、『絶句』してしまった自分がいる。表現はとても難しいが例えばそれは学祭後の後片付け前の、何から手をつけたらいいか分からない状態をイメージさせる。カフェと同じくらい広々としている空間には展示室と呼ぶに相応しく一応整然に作品が並べられている。しっかり見回れる通路もある。部屋の照明が暗いとかそういった不備は見当たらない。
「す…すごいですね。この像…」
まず目に付いたのは天井に届こうとする程巨大な彫像。人体の彫像だとは思うけれど、何故か膝から脛辺りまでの部位が巨大化されて部屋の真ん中に鎮座している(その部分だけの彫像)。そういう展示の仕方をしているとまるで神社の御神木のように見えてしまうが血管が浮き上がっていたり骨ばったりしているので生々しい感じがする。
「そうかい。膝は大事だからな。そこに一歩一歩歩いてゆこうという「魂」が宿る」
この辺りからカンカラおじさんは相当クセのありそうな人だと直感した。どこが地雷になるか分からないタイプの人だろうから、とにかく作品を褒めることを心掛けながら作品をチェックしていった。壁の方にはしっかり絵画も掛けてあるけれど、これは全然作風が違って美術の素養が無ければ描けないようなしっかりした「妖精」の絵は相当愛らしくてタッチも柔らかい。女性が描いたものかもと思って、
「この妖精の絵は誰が描いたんですか?」
と訊ねると、
「オレだよ」
とこともなげに言った。一瞬「へ」っという声が出かかったが何とか押し殺して「とても上手ですね」と称賛した。
「好きなのは彫像なんだが、ときどきこういう絵も描きたくなる」
「じゃあ、この風景画もですか?」
それは都市の夕刻の情景とそこに紛れるように存在する猫の絵。ただしこれはネットのイラストサイトで見かけるようなCGの絵で、先程の妖精の絵とはタッチがまるで違う。
「ああ、そうだよ。パソコンも使うからな」
そうなるとガラスケースの中に入っている「ゆるキャラ」ようなぬいぐるみもカンカラおじさんの作品なのだろう。ただ絵画とは違ってぬいぐるみのような立体になるとクセが出てくるのか、キャラクターの目玉が明後日の方向を向いている上に腋には精巧な『猟銃』を抱えていたりする。
「君、こっちおいで。これが「新作」だ」
おじさんに招かれてやってきたのはドアの前。と言っても入り口とか出口のことではなく、作品として奥の壁際に飾ってある木製の「ドア」のことだ。ドアは開け閉めできるようになっている構造で、不思議なのは奥に向かってドアが開く「外開き」とは反対の手前に向かって開く「内開き」のドアだということ。枠は奇妙な形に湾曲していてドアもそれに合わせた形になっている。ただこの作品については個人的に好ましく思えて、おじさんの作品の中では一番好きかも知れない。
「何でドアを作ろうと思ったんですか?」
「ドアの向こうからやってくる感じが面白いなと思ったんだ」
「いいですね!」
俺に褒められておじさんも満更ではなさそう。そこでカフェの方からカンカラおじさんを呼ぶ声が響く。
「ちょっと呼ばれたらしいから、君、作品を見ていってくれ」
「はい」
と言っても俺はこの時点で相当「お腹いっぱい」になってしまっていて、あまりの情報量に頭がクラクラしていた。そしてコーヒーを飲んだせいもあるのか少し尿意を催したためお手洗いを探し始める。確かカフェの方にあったと思ったからそちらに移動して店主に向かって「お手洗いお借りします」と告げる。
そこで用を足してそのまま帰宅する事も考えたがおじさんの言葉もあり何となく展示室に戻ってきた。すると思いも寄らなかった事態が。
「え…?」
「あ…」
入り口で見知らぬ女の子と目が合う。女の子はあの御神木のような足の彫像を見上げているような格好。トイレに行っていた時間は僅かだったので中に人が居るとは思っていなかったのもあるが、女の子の服装にもちょっと驚かされる。自分と同い年くらいに見える女の子はどこかの国の民族衣装とも思えるような出で立ちだったのだ。