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ハルカさんがスマホを所有する事になったお陰もあり、当初よりは圧倒的に彼女との意思疎通の便宜が図られている。風物詩とも言える菊人形の時期が過ぎて市内で話題らしい話題が無いので必然的にネットで視聴できる動画を紹介したりだとか、『ナ・ガータ』内での出来事が中心になってはしまうけれど、自分のスマホに届くメッセージがハルカさんその人が入力して送信してくれたものだと思うとそれだけで言いようのない充実感があった。



『昨日お皿を割っちゃったんです。片付けの時だったからお皿だけでしたけど』



バイトの経験は無いが最初はイメージ的にお皿を割るというのはありがちだなという印象しか持たなかったこの言葉には実は深い意味が隠されていた。俺はこのメッセージに『怪我とかは大丈夫でしたか?』と返信していたのだが、


『全然大丈夫だよ。わたしの世界ではお皿くらいだったら念じれば宙に浮かせられるから油断しちゃってたみたい…。そういうところ気を付けないと』


と想定していない詳細を報告してくれた。



<そうか…『ワンダフル異界』では念じれば物体を浮かせられるのか…>



思わずそんな風に感心してしまったものの、理系志望の俺としては具体的にどんな風に宙に浮くのか実際に見てみたくてしょうがない。流石にそのタイミングではハルカさんにそんな事を伝えるわけには行かなかったので、


『俺も先月自宅でコップ割っちゃったりしてますし、形あるものが壊れてしまうのは仕方ない面もあります』


というフォローを入れてみた。その後の『ヨシくん、ありがとう』というメッセージの最後に添えられたハートマークにドキドキしてしまったという事があったりはしたが、基本的にハルカさんとのやり取りで不備を感じることは無いと言ってよい。『幕田義博』の役割が同年代であるハルカさんのサポートであるとするならば今後スマホを用いる場面は多くなりそうな予感はあった。そこで幕田義博側の『ネック』になりがちなのは理系特有の『文章力』の弱さである。数日ハルカさんとやり取りをして実感したことではあるが、メッセージを送る際に『もっと上手く説明できたら』と思うシーンがかなりあったように感じる。彼女が別世界の住人であるという理由も大きいとは思われるが、それを別にしてもこちらの世界での話題とかこの国特有の文化とか、俺の語彙力で説明しようとすると途端に陳腐な物言いになってしまう。



「あー、うーん」



その日ハルカさんとやり取りしていたのが夕方頃。俺は彼女に便利なアプリを紹介する文面を考えようとしてしばらく自室で唸っていた。自分も利用しているアプリではあるが、端的にいえばそれは日記とメモが合わさったような機能を有し、メモを作成した日時を自動で付与してくれる上にカレンダーに合わせてメモを探すことができるので備忘録としての使い易さがある。初めて使用する人に『良さ』を伝えたり、具体的な使用方法を説明する為にはどうしても表現を工夫する必要があり、それは俺にとっては苦行の範疇であった。メモ魔のくせに自分だけが分かればいい記録をしているだけなので、他の誰かに伝わるように書くというのは勝手が違う。違いすぎる。



<とりあえずこれでいいか>と思ったメッセージを送って一息吐く。その日中にハルカさんから返信が来ることは無かったが、どうやら『ワンダフル異界』の方に既に『帰宅』してしまっているようなのだ。ハルカさんからある程度勤務のスケジュールを教えてもらっているが、日によっては夕方で仕事が終わるとのことで多分この日は『帰宅』する前に俺とメッセージをしてくれていたようなのだ。



「なんかなぁ…」



仕方の無いことだとは分かってはいるが、俺の意気込みに比してハルカさんの役に立てている実感が現状薄い。平日に毎日『ナ・ガータ』に通うのも色んな意味でキツい。やはり直接会って話ができる休日を待つしかないのだろうか、などと考えていた。



☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



金曜日。体育の準備の為、教室でジャージに着替えていた時のこと。


「ハルカさんって忙しいのかな?」


隣で着替えながら高宮が俺にそんな話を振る。反射的に「どうして?」と訊ねると、


「昨日夜にメッセージ送ってみたんだけど、さっき返信が来たんだよ」


と教えてくれる。


「どんなメッセージ送ったんだよ」


「いや普通に『また今度【ナ・ガータ】に行きますね!』っていう内容だぞ」


「返信は?」


「ほれ」


高宮がメッセージを表示させた画面を見せてくれる。



『はい!ぜひヨシ君と一緒にいらして下さい』



そこでも何故か最後にハートマークが添えられていたことに微かな違和感を覚える。『ハルカさんあるある』とでも言うべきなのか、どうやら彼女にはハートマークを多用するクセがあるらしい。それはともかくとして、高宮への返信は確かに時間が掛かるタイプのものではない。おそらくはハルカさんが異世界へ『帰宅』した後に高宮が送信した為にこの事態が起こったのだと考えられる。当然ながら事情を知らない高宮はハルカさんが物理的に「音信不通」になってしまうということを想像できない。それをハルカさんの多忙ゆえと解釈するのは割と自然ではあるが後のメッセージで若干の齟齬をきたしてしまっている。



<こういう所にもアリバイ作りが必要になってくるのか…>



こういう場面だと自分の思考がフル回転しているのを感じる。取りあえずその場では高宮には「ハルカさんも忙しいんだと思うぞ」と伝えておいて、あとはハルカさんと口裏合わせをする線で戦略を考えてゆく。ちなみにその日の体育の授業は体育館でバスケットボール。日本代表の五輪出場が決まりこの頃バスケが注目され始めているのを感じるが、県内のチームには二本松出身のプレイヤーがいてそれこそ同じ小中の卒業生にあたる。俺も高宮も身長が割と高い方なので授業中の試合では期待されたりはするが、いつの頃からなのか俺は思うようにゴールが決まらない。才能はないようです。



その日は「文理選択」、つまり二年次に文系と理系どちらに進むかの決定の期限だった。俺は迷いなく『理系』を選び、英語が得意な高宮はてっきり文系に進むと思いきや彼は『エンジニア』に憧れているそうで『理系』を選択したとのこと。


「また同じクラスになるかもな」


見るからに嬉しそうにしている高宮だったが、そう言われて俺もなんとなくニヤニヤしてしまいそうだった。そして放課後、高宮と帰路をのんびり歩いていると、坂道に差し掛かるところで急にポケットの中で強い振動があった。



「あ、誰からか電話きてるみたいだ」



スマホを取り出し、着信の通知を見てみると『菅野力さん』と出ていた。一瞬<えっ?なんでカンカラおじさんから連絡が?>と焦ったが、とりあえず通話してみることに。


『あ、俺だ、ちからだ。今大丈夫か?』


「はい。今帰宅中です」


『幕田くん、明日朝の9時頃に『ナ・ガータ』に来てもらえるか?』


「え?9時ですか?大丈夫だと思いますけど。何かあったんですか?」


『明日ハルカさん、「オフ」の日なんだ。仕事休みの日。せっかくだから俺が車出すから、二人で見学したいところ決めてそこ行ってみるのがいいんじゃないかと思ってな』


「え?いいんですか?」


これは願ってもない申し出だが、カンカラおじさんの負担が大きいように感じられる。


『彼女はこちらのことを知っていた方が都合がいい。俺の方は次の作品の題材を探す意味もある』


「なるほど。それだったら、是非お願いします」


その場で返事をしてしまってから、隣で俺の様子を見守っている高宮に目が行く。そして以前乗せてもらったカンカラおじさんの車はワゴンだったことを思い出す。俺は恐る恐るおじさんに訊ねる。


「あの、明日もう一人同行することって可能ですかね?」


この時親友はキョトンとした表情で俺を見ていた。

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