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「そうだったのか!ハルカさんの親戚で」


納得した様子の高宮を内心ヒヤヒヤしながら見守っていた俺。高宮にカンカラおじさんの事を紹介して、そのあとは自然とおじさんとハルカさんの関係…でっち上げた『設定』ではあるが…をおじさんが高宮に要領良く説明するという流れになった。仕方のない事とはいえ事もなげに嘘八百を並べてゆくカンカラおじさんとその言葉に「そうなんだよ」とかその都度適当な相槌を打っている幕田義博は客観的に『ヤバい奴ら』だろう。だが目上の人からそう説明されれば普通は信じてしまうものだ。ただその時は俺にも気になる事があった。


「力さんは今日はハルカさんに会いにきたんですか?」


カンカラおじさんこと菅野力氏は基本的に自営業らしいから毎日展示室に姿を見せているわけではないと店主に伺っている。なので周囲のお客さんのようにおじさんの武士の格好というよりもおじさんがこの時間に『ナ・ガータ』を訪れるには何か理由があると感じたのである。実際おじさんは「ああ、そうだった」と先程出て行ったお客さんのテーブルを片付けていたハルカさんを呼び寄せて、


「ほらよ、ハルカさん」


と彼女に『ある物』手渡す。


「これってもしかして!」


それはスマートフォンらしもの。最初は何か仕掛けでもあるのかと訝しんだが、ハルカさんが戸惑いながらも操作している画面を一緒に見ていても明らかに我々が日常使用しているものと変わらない。


「力さん、ありがとうございます!」


俺はすぐに合点がいったのだが、確かに異世界『ワンダフル異界』の住人であるハルカさんはこちらで使えるデバイスを保有していない。仮にワンダフル異界にも同じような通信機器があったとしても、電波とか通信のサービスが違うのだから通じるわけがない。だからこそ俺は当初ハルカさんと連絡を取る手段を持たず、あの扉の前でリスクを負いつつ『待ち合わせ』をしなければならなかったのだ。まあ今となっては『ナ・ガータ』の関係者にはバレてしまっているのだが。ただ事情を知っている俺とは違って友人高宮はこの光景が不思議なようで小首を傾げている。


「なあ、ハルカさんはスマホ持ってなかったの?」



その高宮のやや鋭い指摘に俺は一瞬何と答えていいか分からなかったが、



「こっちで新しく契約した方が色々都合がいいからな」


とおじさんが機転を利かせてくれた為事なきを得る。確かに外国人という事だったら日本で新たにスマホを契約するというパターンもあり得そうだと感じるし、少なくとも高宮を誤魔化せるくらいの方便になっていた。


「ヨシくん、わたしと連絡先交換しようよ!」



ハルカさんの何と青春の匂いのする言葉だろう。高校入学以来、同級生の女子とは必要最低限の連絡をしていない俺ではあるが、ハルカさんとはどうあっても連絡先を交換していた方が最善と判断する。別に硬派に生きようとしているわけではないが、かと言って女子と話をしたいという性格でもなく、ハルカさんという完全なイレギュラーな存在だからこそごくごく普通に接する事ができるという謎の事情が存在している。この様子に友人もちょっとした驚きを覚えたらしく、


「幕田が女子と話しているのを見るとやっぱり意外だな」


となぜか嬉しそうに言う。ちゃっかりというか何というか高宮も連絡先を交換してもらったので、これは色々と都合が良さそうな気もする。カンカラおじさんもこの様子を満足そうに見守っていたのだが、俺にはこの時若干の懸念があった。


「高宮、展示室入ってみたら?おじさんの作品すげえぞ」


俺はそう言って高宮を扉の向こうの展示室に誘導してから、仕事に戻ろうとしていたハルカさんの元に駆け寄る。


「どうしたのヨシくん?」


「ハルカさんって今のスマホ、どれくらい使えそうですか?」


「え?普通に使えると思うけど」


少し焦っていた為に最初の訊ね方が悪かったが「こちらのスマホって使うの初めてですよね?」と訊き直すと意図を汲んでくれたようで、


「あ、うん。たぶんだけど基本的な操作だったら大丈夫だと思う。ドラマとか映画とかでも使う場面見てたから」


と返してくれる。ワンダフル異界ではどういう原理なのかはわからない部分があるものの、こちらの世界の人間の多くが共有して認識したり知覚した情報を何かの機械で視聴することが出来るらしいが、俺たちが普通に見ることが出来るドラマとか映画では確かにスマホを使うシーンが出てくる。これまでの付き合いで研究熱心なところがあるハルカさんならスマホの操作くらいなら割と容易いのかも知れない。ただ、こちらの世界でスマホを使用するにあたっては幾つか注意すべきことがある。


「あとでハルカさんにスマホを使用するにあたっての注意がまとめてある『ページ』のリンクを送ります。というか今気づいたんですけど、ハルカさんはそのスマホでこの世界の色んな情報を見る事が出来るようになったわけですよね」


「そういえばそうだね。すごく便利になるね」


「何だかとても不思議な気がしますが、例えば『SNS』とかは慎重にした方が良さそうな気がします」


「確かに…。世の中にわたしの情報が出ていっちゃうのは怖いね…使うことなんてないだろうなって思ってたけど」


話しているうちに他にも心配事が浮かんでは来るのだが、今すぐにという事ではないから後でメールで連絡すればいいのかなとも思う。その旨を伝えると、


「いろいろとありがとうね、ヨシくん。頼れるヨシくんがいればなんとかなるような気がするよ」


と本当に嬉しそうな表情でそしてどこかしみじみしたような様子の『霜月ハルカ』さん。その表情をずっと見つめていたい欲求もあったが、流石に高宮を困惑させたままにも出来ないだろうという判断で俺も遅れて展示室に向かった。



「それでな、これはマスコットなんだ。『てっぽうぶち』の」


「てっぽう…?あ…鉄砲抱えてますね」



カンカラおじさんが透明なケースの中のゆるキャラのようなぬいぐるみについて高宮に熱心に説明している。ゆっくり二人に近寄って改めてぬいぐるみを見てみるのだが、体はモフモフのピンク色でウサギのようにも見えるけれど、ボタン状の目玉が明後日の方向を見ていて実に気味が悪い。そして小さいながらも猟銃のディティールが凄くて、メルヘンな感じとバイオレンスな感じがミスマッチ。



「な!高宮、スゴイだろう、ここは!」



俺はニヤニヤして明らかに困惑している高宮に語り掛ける。むしろ俺としてはこの展示室の印象をしっかり焼き付けてもらって、本当に彼が知ったらショッキングなハルカさんの事情をカムフラージュしたい気持ちがあった。おじさんの方にはそういう気持ちがあったかどうかは知らないが、少なくとも自分の作品を高宮にじっくり鑑賞してもらいたい気持ちは強かったようだ。



「ありゃあヤバいよ。頭おかしくなると思った」



常識人の高宮は『ナ・ガータ』からの帰路で俺にそう語っている。とりあえずその日高宮を店に連れて行ったのは良かったのだと思う。

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