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高宮敦史。二本松在住、県立○○高校1年、帰宅部。自他ともに認めるゲーマーで、三歳年上の姉がいる。得意科目は意外にも(?)英語で準二級合格が今の目標だという。1駅ではあるが電車通いなので下校時にも駅付近でいつも別れている。俺、幕田義博とは高校からの仲ではあるが入学早々にしてウマが合ったのかクラスの女子から「いつもつるんでるね」と評されるほど仲良くなった。背丈も俺と変わらないくらいで、異性に対する興味よりも『遊び』に対しての要求が強いからなのかやたらゲーセンに誘ってくる。
そんな友人を放課後『ナ・ガータ』の店先まで誘導した俺は、
「ここだよ。その店は」
と彼に告げた。「おお!結構良さそうな外観だな」と興味を示していたが、外国語に興味がある彼らしく「ナ・ガータって何語なんだろう?」と俺に訊ねてきた。噂でカフェの存在は知っていた彼ではあったが、『ナ・ガータ』という店名はさっきまで知らなかった。俺は素直に「知らない」と言った。やはり11月とは思えない暖かさだが店の前をうろうろしているのも不自然なので、特に躊躇もせず二人で入店。すぐさま驚いたことではあるが、平日にも関わらずお客さんが予想以上に多い。
「結構賑わってるな」
「ああ」
入り口付近で様子を伺っている俺達の前にその時お客さんの一人が横切る。立ち止まってドアを開けて展示室に入ってゆく姿を見た高宮は、
「あれが噂の展示室か…」
と呟く。学校でスマホに撮影していた展示室の画像を見せていたのでそこが『異空間』であることは理解しているとは思うが、本当に『異世界』への入り口があるとは考えていない。元はと言えば展示室の様子をこの友人に伝えるために『ナ・ガータ』を訪れた経緯があるが、この時には既にメインが違う話題にシフトしてしまっていた。
「いらっしゃいませ!あ!ヨシくん!それから…」
すっかり場に溶け込んでいるスタイリッシュな給仕姿のハルカさんが我々を見つけるや否や声を掛けてくれた。
「高校の友人の高宮です。同じクラスなんです」
ハルカさんを戸惑わせないように俺の方から紹介させてもらったが高宮もそれに続いて、
「初めまして!高宮敦史です」
とかなりフレンドリーに自己紹介。基本クラスでもムードメーカ的な役を買って出るタイプだからコミュニケーション能力は高く、異性を前にしても怯まない。この一瞬でハルカさんも何かを感じ取ったのか高宮に対してフレンドリーに接してゆく。
「初めまして。わたしは『霜月ハルカ』と言います。こっちに来てからずっとヨシくんに助けてもらっています!」
カンカラおじさんこと菅野力さんが『ハルカさんの性格ならなんとかなるだろう』的な事を言っていた事がここで実感される。見るからに裏表の無さそうな純真な性格で初対面の高宮にも笑顔全開とくれば流石の友人も怪しみはしない。ハルカさんのビジュアルの関係で「もしかして外国の方なんですか?」とは訊ねた高宮であったが、
「はい。親戚の菅野力さんの紹介でこちらでアルバイトをしています」
との説明を受けるとすっかり納得したらしく「なんかアイドルでもやれそうな人だね」とニコニコして俺の方を見ている。ただこの時俺はある一つの事が気になっていた。一度高宮に空いている席に着席してもらって、ハルカさんの仕事の合間を見て彼女を一度引き止める。
「どうしたの?ヨシくん」
「あの、さっき『霜月ハルカ』って言ったの?名前」
周囲に聞こえないように俺は小声でハルカさんに訊ねる。ハルカさんは日本人ではないし、異世界で苗字に当たる部分を聞いていなかったから『霜月』という姓は初耳だったからだ。その疑問に対してハルカさんもひそひそ声になって俺にこう教えてくれる。
「力さんが、わたしにも苗字があった方が自然だって考えてくれたんです。わたしは日本人の父親とのハーフという『設定』だそうです」
「そっか、おじさんが考えたのか…。俺も覚えとかなきゃ…」
こうやって急に『設定』が増えたらその都度対応していかなければならないのは結構高度ではあるが、幸い覚え易い苗字にしてくれたので助かった。とにかく高宮には矛盾のないように説明してゆく必要があるが、まだ俺もハルカさんをよく知っているわけではないから「俺も知らない」と言っておけばなんとかなりそうだなと感じ始めていた。高宮の待っている席に戻ってから怪しまれないように、
「飲み物何にする?注文しないと」
と告げた。高宮は、
「そうか、幕田はここに通って金使っちゃったんだもんな。」
と納得しながらハルカさんを呼んでモカを注文する。「あ、砂糖とミルクもお願いします」と付け加えるのを忘れなかった。俺の方はというと、手元のメニューを眺めて「うーん」と唸ってしまう。お財布事情はここ数年で最低レベルだが、友人には注文させておいてお冷だけなのは流石にまずいだろう。するとここで全く予期していなかった出来事が起こる。
「あ、そうだった!ヨシくん、ここはわたしに奢らせて!」
ハルカさんは突如そう申し出てくれた。
「え…」
咄嗟のことに戸惑っている俺にハルカさんが、
「ヨシくんにお世話になった分だよ。お土産の分もあるし」
と微笑み掛けてくれる。土曜日の菊人形会場でのお土産の事を指していると気付き、少し迷いはしたがここは厚意に甘えてしまおうと思った。その後少しして二人分のコーヒーをかなり慣れた様子でお盆に載せて運んできたハルカさん。「ごゆっくりどうぞ」と大人びた様子で言われるとちょっとドキドキしてしまう。
<なんか全然問題ない感じだなぁ。安心した>
『ナ・ガータ』には連日通っているせいかすっかり関係者の気分になってしまってはいたが、アコースティックギターの音色の落ち着いたBGM、他のお客さんに提供される軽食の匂いなど、まだまだ自分にとっては新鮮さのある空間で、友人を連れてその日学校であった事を駄弁っていたりすると素敵な場所なんだなという事に改めて気付く。そんな雰囲気に友人共々浸っていたら、いきなり展示室のドアが開いた。
あ
と声が出掛かったが、そうなってしまうのも無理はない。展示室の方から現れたのは『ちょんまげ』の鬘を被り見るからに全身『武士』の出立ちのカンカラおじさん。この姿にはお客さん達が驚いてしまっていて、高宮も例外ではなかった。
「あの人なんであんな格好してるんだ?」
動揺しながら訊ねる高宮を見て、俺自身完全に油断してたなと感じた。