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次から次に想像を超える事が起こっていった一週間の事を友人高宮にどう報告&説明したらいいのか分からず、週明けでも『ナ・ガータ』での一連の出来事を伏せたままにしていた。例年になく暖冬になりそうだという情報をなんとなく嬉しそうに伝えてくる高宮が、それを聞いた俺の反応が悪過ぎると指摘。
「幕田なんかあったのか?相談なら乗るぜ、できる範囲で」
とややシリアス顔をして俺の方を見ていたのだが、その時脳内のイメージで高宮に洗いざらい伝えてしまった場合に訪れる状況がありありと浮かんできた。
『は?何言ってんだよ!頭おかしくなったのか?』
クラスでもやや悪ノリを好む性格の高宮でもそんな風に俺に言って流石に全ては受け止められそうにないと感じる。百歩譲って『ナ・ガータ』でハルカさんを存在を認めることは出来るとしても、やはりあの異形の扉から突然人の姿が現れるという現象は彼にとってもショッキングな事だろうと感じる。何よりそういう情報を所構わず広められてしまう可能性だってある。
<やっぱりここは慎重にゆくべきだよな…>
正しいかどうかは別として俺の方針は定まりつつある。まずはなるべくこの学校の生徒には漏れないように配慮すること。ただ狭い街なので噂は自然に生じてしまう可能性は考えられる。なので、その場合にはカンカラおじさん達が考えたというハルカさんにまつわる『設定』をしっかり周囲に吹聴して、怪しまれないように先手を打っておく。何より『ナ・ガータ』の関係者がハルカさんに自然に接していれば、『正常性バイアス』が働くんだと言っていたカンカラおじさんの言は信用できそうだ。というか、初見でびっくりするのはむしろ常に奇抜な装いをしている『カンカラおじさん』の方になりそうだというのも都合がいい。そんなことに思い至ったのが昼休み。念の為クラスメイトの間に変な噂が流れていないか調査も兼ねて、
「ところで最近面白い話題とかある?」
と中学の同級生などに訊ねて回ったりしたが、
「あ、なんか書道部と美術部が共同で『数学』の何かを制作してるって話聞いたけど」
という謎の情報以外は特に得られない。数学に興味がある人間としては少し気になる話題ではあったが、帰宅部の人が突然見学になんて行ったら勧誘されそうで怖い(何故)。今はそれよりもハルカさんに対して自分が何の協力が出来るか考えているので手一杯という感じ。
と、そんな心境で廊下を歩いていたら「あ、幕田くんだ」と後ろから声を掛けられた。振り向いたらそこには中学の部活、科学部で散々お世話になった一年上の女性の先輩である「三浦優子」先輩の姿があった。実はその科学部、中学の全ての部活の中でも一番サボれる部活として有名で、数名の部員で示し合わせながら活動をしていることにして三浦先輩主導でオカルトな話題を語り合うようなことをしていたのだ。高校でも似たようなことをしているのかなと思っていたけど入学してから先輩が『郷土史研究』にのめり込んでいるという話を知らされた。
『松藩(二本松藩のこと)はアツいの。将来少年隊を題材にした小説が書きたいの』
と熱の籠った視線を向けられた時は失礼ながら「この人大丈夫なのかな?」と心配になったくらい。ただ校内にも研究の協力者が存在しているらしく、よしみで俺も誘われたが丁重にお断りした。この時、先輩は眼鏡越しに俺をマジマジと見つめて、
「幕田くん、今の君には何か変なものが見えるよ。モヤっとしたものだけど」
とまたオカルトめいた話をしてくる。俺が理系を志した切っ掛けが、実はこの人のオカルト話にあると結論づけている。科学部の部室をカーテンを閉め切り、無駄に暗くして語られるオカルト話を論破しようと話の矛盾点を見つけ指摘してゆく訓練をしていった結果、論理的思考が鍛えられた。そうやって今ここにいる自分には、否定しようのない異世界『ワンダフル異界』の話題がこびりついているのは間違いなく、中学の時はともなく今そういうオカルトな話題を振られると迂闊に信じてしまいそうで怖くなってくる。なのでなるべくいつも通りの自分を出してゆくように心掛け、
「先輩は変わりませんね。そういえば最近何か変わった事はありましたか?」
と話を振った。先輩は「うーん」と唸る。
「『話題がなさ過ぎる』という事がちょっと気になるかな。普通何か気になることがあったりするものだけど。まあ平和でいいかもね」
あまり認めたくないが「勘」が鋭い先輩。こういう時は「そうですか」と余計なことを言わずに立ち去るのがベスト。「じゃあ、小説頑張ってください」と告げ教室に戻る。戻ったら高宮が俺を呼び付けてこんなことを言った。
「そういえば土日どこに出かけてたの?用事あったんだよね」
「ああ、まあ買い物かな。散財した」
「そっか。じゃああんまり出掛けらんねえな」
いかにも残念そうな高宮。理由を訊いたら電車で福島方面に行こうと誘うつもりだったらしい。
「すまんな」
そう口にしてみて、何だか本当に申し訳ないような気持ちになってしまっていた。親友のガッカリ顔はあまり見たいものではない。何より『ナ・ガータ』の話をこの先彼に何も伝えないままでいたら色々不都合が生じそうだなという予感があった。
『俺とハルカさんが同世代だというのなら、ハルカさんと同世代なのは高宮もなんだ』
浮かんだ一つの命題が俺の心を動かす。ハルカさんだって、もしかしたら俺の親友に会ってみたいと感じているのかも知れない。
「高宮、市内に、『ナ・ガータ』というカフェが、あるんだが…」
俺が訥々と語り始めた言葉を親友は静かに聞いていた。