量子力学的に解釈すれば彼女は僕を好きでもあるし嫌いでもある
シュレディンガーの猫。
鉄箱の中に猫を閉じ込め、ランダムで毒が放出されて猫は死ぬ。
でも毒が出たかどうかは分からないので、箱を開けるまで猫の生死は分からない。
だから箱を開ける前の猫は、生きているし、死んでもいる。
大体こんな感じ。
僕とミケは幼馴染。
ミケという呼び名は鶴見恵という本名を僕が「つるみけい」と読み間違えて、そのまま縮めたから。
でもこの呼び方、わりと的を射てる。彼女は三毛猫のように僕への態度が変わる。
たまたま同じ高校に合格したから、僕とミケは同じバスで登校する。バス停はちょうど僕達の家の真ん前。だから同じ時刻に家を出る。
「おはよう」
「……おはよ。ねぇシュウはさ、夕べ何バタバタしてたの? 眠れないんだけど? ふあああ」
本棚を整理して始めたらキリが無くなり、深夜まで掛かってしまった。僕は夜更かし族だがミケは早寝。
「気配りがないっていうの? もっと人のこと考えなよ。シュウのそういうとこ、嫌い」
今日のミケの口から出た言葉。
「嫌い」
翌日、
「おはよう」
「お、はよう」
ミケの挨拶はいつもローテンション。早寝の割には朝もそんなに強くない。
「シュウ、また昨日も夜更かししてたでしょ」
気に入った曲を見つけて、ずっとリピートしてた。僕とミケは家も部屋も隣同士だから音が筒抜けになる。小学生の頃は、
「うっせーよ!」
と直接怒られたものだが、今はそれはなくなったから、こうやって次の日の朝にダメ出しされる。
はあ、今日もミケの口からはあの言葉が出るんだな。
「嫌い」
ほらやっぱり。
「じゃないよ」
え?
「嫌いじゃ、ない?」
僕が聞き返すと、ミケは言う。
「わりといいと思う、あの曲。それに」
「それに?」
「シュウは音楽センスがある。そういうとこ、けっこう好きだな」
登校前夜のミケは、僕の「そういうとこ」が好きか。嫌いか。
それはバス停に立つまで分からない。言い換えれば翌朝には必ず分かる。
でも、僕が開けていない箱が一つある。ミケは、
「僕のそういうとこ」
ではなくて、
「僕」
のことは好きなのか、嫌いなのか。
僕にはその箱を開ける勇気は、ない。
でも。
「あ、日曜空いてる? 観たい映画があるんだ」
箱がちょっとだけ、開いたかもしれない。