表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

コメディ系短編小説

人質の正論

作者: 有嶋俊成

  ーーとある誘拐事件を起こした男の話…なのだが…



 無機質なコンクリートの床の上に木箱やドラム缶が乱雑に置かれている。床と同じくコンクリートで出来た壁には窓が一つだけついている。曇り空しか見えない窓外を椅子に縛られながら座っている少年が見つめていた。

「というわけで、息子を返してほしければ今日中に一千万用意しろ。」無精髭を生やし、拳銃を片手に持った男が電話越しの相手に話しかける。「金用意出来なかったら、わかってるよな?」

 少年が窓外から男の方へ視線を向ける。

「当たり前だが警察には言うなよ~人質が子供だからって容赦しないからな。しばらくしたら掛けなおす。その時に受け渡し場所を伝える。」そう言うと男は電話を切った。

 男は少年が自分の方を見ているのに気づく。

「お前は運が悪いな、金持ちの家に生まれて。金持ちの家に生まれなければ、身代金目的で誘拐されずに済んだのになぁ。な?」

「ん~、ん~」少年は口をタオルで塞がれている。

「あ、そうか。まあどうせ外には聞こえねぇしな。」

 男はそう言うと少年の口を塞いでいたタオルを外した。

「おじさん頭悪いね。」開口一番、少年が男に向かって言葉を突き立てる。

「あぁ?」

「金欲しければ働きなよ~。コンビニとかスーパーのバイトくらいならすぐに雇ってくれるよ? わざわざ逮捕されて前科者になってブタ箱に入れられて人生を無駄にするという重すぎるリスクを背負ってまで誘拐するのは僕には理解できないな~。」

「口数が多いなぁ、お前は。」男は壁際に置かれたボロボロのソファーに座る。

「おっと失礼。でも、履歴書を買って、志望理由を考えて、それをペンで履歴書に落とし込んで、希望のバイト先に連絡をして、面接を受ける、ということに費やせば良いはずの時間を僕の自宅周辺を毎日のように探索したり、誘拐する曜日時間を調整したり、僕の行動パターンを把握したりすることに使ってしまったことには深く呆れてしまいます。反省した方が良いですよ~。」

 少年が言い終えた後、少年と男の間にしばしの沈黙が生まれる。

(面倒なヤツ誘拐しちゃった~)額を抱える男。

「どうしました? 気分でもわる…うっ!」

 男は再び少年の口をタオルで塞いだ。

「ん~、ん~」唸る少年。

(あ~なんだよこのガキ。年上に偉そうに演説しやがって…。)ソファーに座り、腕を組みながらうんざりする男。

 確かに少年の言っていることは一理ある。一理どころか二理も三理もあるだろう。発言の節々に知性を感じる。しかし、少年はまだ十才。前科者とかブタ箱とかどこで覚えたんだか…刑事ドラマか? それにアルバイトの手順まで細かく把握しているとか…もはやコイツは実際の人生の二倍くらいを経験しているんじゃないのか?

「んふふ…」少年が笑みを浮かべる。

「なに笑ってんだお前?」

「んふ、んん、んんん~」

「は? なんだよ言ってみろよ!」少年に近づきタオルを外す。

「その拳銃、水鉄砲じゃん。」ニヤニヤが止まらない少年。

 男の片手には拳銃のようなものが握られている。しかしこれは実は、拳銃にそっくりの水鉄砲だ。

「なんでわかったんだよ。」

「よーくみたら変つなぎ目があるし、やたら光沢感がすごいし、ンフフ」

「バカにしてんのかお前。」

「いえいえ、まーでもそもそもさすがに実銃を手に入れようとする程、肝は座っていないとは思ってましたね。」

「バカにしてんじゃねぇか!」男は完全に人質にする相手を間違えたことを悟った。

「怒ると血圧が上がりますよ?」

「あ~もう相手にしてらんね。」

 男は再び少年の口をタオルで塞いだ。少年が唸るのを横目に再び少年の親へ電話をかける。そろそろ金が用意できたかもしれない。

「俺だ。金は用意できたか?」

 少年の親からは、「まだだ」という返答が来る。

「は? 何やってんだ。ちんたらしてんじゃねぇぞ!」男は少年の親に一喝する。「もう少しだけ時間をやる。一千万だぞ。早く用意しねぇと息子一生返さねぇぞ!」電話を切る。「はぁ、手間かけさせやがって。一千万くらいあいつらならすぐ用意出来るだろ。」

 ふと少年と目が合う。少年は男を蔑むような目で見つめている。

「なんだお前。」

「………」男を見つめる少年。

「なんだ、まだバカにしてんのか?」

 少年はただ男を見つめ続ける。

「おうおう、言いてぇことあんなら言ってみろよ!」少年の口からタオルを外す。

「目的は、お金だけですか?」

「は?」

「ただお金が欲しいだけなんですか?」

 少年の問いかけに男は黙り込む。

「お金が欲しいだけで僕を誘拐したなら、僕はあなたを激しく軽蔑します。」少年は言い切った。

 男は少年の言葉にどこか心を動かされた気がした。そして男は少年に語り始めた。

「俺はな、お前の親父が経営してる金山商事の元社員だ。営業部に配属されて毎日契約を取るためにいろんなところを走り回った。それなのにいきなりリストラだ。従業員削減したいからって…なんで今まで苦労して利益向上に貢献してきた俺を…」

 それからというもの男は何もかもが上手くいかなくなったという。さらに、それに追い打ちをかけるかのように不幸が舞い込んでいた。

「親父が借金してたんだよ。死んだ親父が。それで家族は大迷惑。その上俺の彼女が、リストラされた時も支えてくれた彼女が…病気になって…とにかく金がいるんだよ。」男は誘拐を起こした理由を全て語った。

「それが理由ですか?」

「そうだよ。」

 少年は重々しいまなざしで男を見つめる。と、思いきや、啖呵を切ったかのように笑い始めた。

「バカじゃん、ヘヘヘ」

「は?」

「いやいやいや、そもそも日本の警察の捜査能力舐めない方がいいですよ?」

 男は固まった。(また始まったよ…)

「警察に言うな、と言ってましたけど、もう警察は動いてると思いますよ~」

 男はこのまま言われっぱなしでいるのが腑に落ちない。

「子供が殺されるかもってなったらそんな易々と通報しねぇだろ。」

「まともな人間なら易々と犯罪なんてしねぇだろぉ。」

「お前本当に舐めてんのかぁ!」男が銃口を向ける。

「え? なんで水鉄砲の銃口向けるの?」

「ん……んっ!」何の殺傷能力も無い水鉄砲の銃口を下ろす男。「頼むよ…家族の命運と彼女の命運の二つがかかってるんだよ。」

「誘拐した時点であなたの命運含め、三つの命運が潰えたと思います。」

「お前、慈悲ねぇのかよ。」男はそろそろ疲れてきた。

「いえ、ただ大人を弄ぶのが楽しいだけです。」

「お前性格悪いんだな。」

 正論とはいえ、ここまで言葉で人を攻め、悲痛な事情を知った後でも容赦なく口撃をやめようとしないどころかどんどんエスカレートする。男にはこの少年の顔が悪の塊のように見える。

「あなたは性格悪いというより頭が悪いですね。」

「おうおう、じゃぁ言えよ。俺のどこが悪いか言えよ。」男は半ば挑発に乗る形だ。

「あなたは家族を借金地獄から救いたいんですよね。」

「あぁそうだ。長男として当然だろ。」

「ええ、長男の食い扶持が減って助かるでしょうね。ブタ箱に入ってくれるから~」

 ーズキンッ 男は敏感なところを突かれた。

「そして彼女さんの命を救いたいという思い…感動です。」

「それはさすがにわかってくれるよな? 命が関わることだからな? な?」

「彼女のために自分の人生を棒に振る彼氏、傑作です。」

「そう! だろう!」

「そして、犯罪者ではない別の良い男と結ばれる!」

 ーズキンッ 痛い、満身創痍の男の心。

「あ゛ぁぁぁ~~~っ‼ ゴルァァァァァ‼」

「うわ~! なんですかなんですか!冷たっ!冷たっ!」

 男は水鉄砲の水道水を無意味に少年の顔に放ちまくった。感覚では実銃を撃っている気分だ。

「も~~~お前何も話すな! このゴミがっ!」男は少年の口にタオルを力強く縛った。「そんで金出来てんのかよ、あのバカ親が!」男は携帯電話を取り出す。「おい! 早く子供取り戻しに来いよ! ほんで金出せ! あのでけぇ家住めるなら一千万くらいカスみてぇなもんだろうが!」

 男が叫んでいると、外から聞き覚えのあるけたたましい音が聞こえてくる。

「は? お前警察に言ったのか⁉」男は怒りを超えて焦り出す。「は? 警視総監の息子…?」男はゆっくり少年を見る。「金山商事の社長の息子じゃねぇのかよ…」

 少年は何か言いたげな顔をしている。男は恐る恐る少年の口からタオルを外す。

「金山商事の社長さんは一軒隣の家に住んでる人です。」

 男の顔はみるみるうちに白くなっていく。

「ツ・メ・が・あ・ま・い・ねぇー!」

 少年のトドメの言葉に男は崩れ落ちた。



  ー終わり

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ