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妖精と王子様のへんてこマーチ(へんてこワルツ3)  作者: 魚野れん
妖精と大熊、本領を発揮する
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8

 ロスヴィータはエルフリートと離れ、よく一緒に訓練をしているブライスの部下とクノッソ領へ向かっていた。いつもならば女性騎士団だけでまとまって行動するのだが、今回は戦略上バラバラに行動せざるを得なかったのだ。

 女性騎士団は人数が少ない為、目立つ。特にエルフリートとロスヴィータは広く顔が知られているだけあって、セットで行動するわけにはいかなかった。


 これらのルートとメンバーの組み合わせはケリーの指示だ。


 エルフリートは街道を外れた、人気の少ない最短距離――いわゆる直線強行――ルートを指示された。一方のロスヴィータは街道をまっすぐ移動するルートになっている。

 ロスヴィータは単体であれば男性に間違われる事もあるくらいである。女性騎士団の制服を脱いでしまえば、簡単にはそうと気がつかれないだろうという算段だろう。


 他にあるとすれば、それは王位継承権を持つ人間をなるべく普通のルートで安全に移動させたいという配慮だ。

 ロスヴィータはそこまで気を配られなくとも、自分の身くらいは守れる。それに、王位を継承する気はまったくないのだから気にされる必要もないと思っているのだが。

 そう彼女が思っていても、上層部には関係ない事なのだろう。


 ロスヴィータは単調な旅路を、ほとんど無言で過ごしている。どうにも、ブライスの部下でありロスヴィータの同僚である彼らがなぜか彼女の事を丁寧に扱うせいである。

 訓練の時と同じ扱いでかまわないというのに、そういう対応をされてしまうとロスヴィータもどう反応して良いのか困ってしまう。

 とりあえず、彼らの行動に合わせた態度をするしかない。


「隊長、次の町で宿泊となります」

「そうか」


 確か、ウィレという町だったか。比較的大きな町だったと記憶していた。ロスヴィータが、人の行き来が多い町に泊まる事で目立たないように過ごそうというケリーの考えが目に浮かぶようだなと考えていると、併走しているこの隊本来の隊長であるグレッドソンが話しかけてきた。


「もう少しかかりますので、一度休憩に入りませんか?」


 ケリーに指示されたルートを把握しているのは彼である。つまり、ロスヴィータはなぜか隊長の名を与えられているだけで、グレッドソンの方がよほど隊長らしい動きをしている。

 ロスヴィータが隊長となるようにケリーから指示されているせいで、指揮系統がおかしな事になっているのだ。


 本来ならば腑抜けた事を言う部下に、隊長が「ぐだぐだするな、少しでも早く移動するぞ」と緊張感のある声で窘めるべき状況である。

 事実、隊のメンバーに疲労は見られないし、馬もまだ走れそうだ。ロスヴィータもこれぐらいならば、まだまだ馬を走らせ続ける自信がある。

 だが、実質隊長であるグレッドソンの提案であるならば、ロスヴィータはそれを受け入れるだけだ。


「……おまえたちがしたいならば」

「ありがとうございます!」


 感謝される意味が分からない、とロスヴィータは思いながら馬の速度をゆるめるのだった。

 馬を自由にさせ、ロスヴィータたちはその近くに座る。グレッドソンが率先してロスヴィータに飲み物を用意し、その間に騎士の一人であるゲイルが茶菓子を渡してきた。


 茶菓子。戦場に向かう騎士たちには似合わない言葉である。渡されたのは焼き菓子で、かすかにバターとバニラの香りがしている。

 グレッドソンが用意しているのは高級な茶葉で淹れられた紅茶だし、ピクニックにでもやってきたかのようだ。

 複雑な気持ちになりながら、かといって用意してもらった好意を無碍にする気にもなれず、ロスヴィータはそれらを口にした。


 これは茶会か。

 香りの高い紅茶は目の前に控えている無骨そうな騎士が淹れたものとは思えない。クッキーはさくっとしているが、その割には口の中の水分をすべて奪ったりするようなものではなく、食べやすい。


「隊長、どうですか?」

「……どう、とは?」


 そわそわと落ち着かない様子のゲイルを横に置いたグレッドソンが聞いてくる。


「その……紅茶とクッキーです」

「お口に合っていれば良いんですが」

「うん?」


 そこまで気にするものか? ロスヴィータは瞬いた。


「ゲイルの故郷の紅茶を俺が淹れました。あと、その焼き菓子はゲイルが作ってきたものなんです。隊の中――身内にしか振る舞った事がなかったので、できれば感想をお聞きしたくて」

「……器用だな」


 ロスヴィータは意外な真相を聞いて、口元をゆるませた。

 ロスヴィータに対する扱いには困惑を隠せないが、彼らは悪気があってしているのではないのだ。


「それでは!」


 彼女の表情で続きを察した騎士に喜色がにじむ。


「ああ、悪くない。むしろ、場違いなクオリティに驚いていたくらいだ」

「よっしゃ」

「よかった……年下の女の子に菓子を振る舞うなんて、すげー緊張」


 あからさまにほっとした様子の二人に、馬の監視をしていたはずの騎士や少し遠巻きに休憩していたはずの騎士が集まってくる。

 馴れない状況に戸惑っていたのは、ロスヴィータだけではなかったのかもしれない。休憩に入るまでとは違って、やや緊張感のかける普段の雰囲気に戻ってきた彼らを見て、こっそりと肩の力を抜いた。

2024.8.10 一部加筆修正

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