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ジークの活躍のおかげで、騎士学校の準備はスピードアップした。いくつか課題が増えてたりもしたが、ほとんどは悪い結果にはならなかったという事である。
「ドキドキするね」
「ああ、そうだな。最初の一年が正念場だ」
「うん。ちゃんとこっちにも気を配らないとだね」
エルフリートとロスヴィータは、バルティルデを筆頭とする女性騎士団員を背後に並べ、騎士学校設立式典に臨んでいた。
入学式も兼ねたこの式典は、騎士団の総団長はもちろん、ロスヴィータの師匠でもあるアルブレヒト、国王ライムンドまで加している。
とてつもなく盛大な式典である。もはや、国を挙げてのイベントといっても過言ではなかった。
「では、今回の騎士学校設立の発案者、マディソン女性騎士団長」
「はっ」
指名された彼女は、一歩一歩しっかりとした足取りでステージに立った。元から予定されている事で、何を話すのかも知っているエルフリートは、彼女が口を開く瞬間を見守った。
よくある口上が、彼女の聞きやすい声色で述べられる。表情は自信に満ちあふれており、もし「ついてこい」と言われたら、体が勝手に彼女の後を追いかけてしまいそうだ。
「私は恵まれた側の人間です。と言うのも、望めば学べる環境があったという意味です。だから私は、今まで決められた能力を有する人間だけが騎士になれれば良いと思っていました。
しかし、それが間違っているのだと、女性騎士団を立ち上げた事で知ったのです」
ざわりと空気が動く。
「皆様がご存じの通り、女性騎士団員は少ない。 試験を受けた彼女たちのほとんどが、騎士になりたくとも、志があっても鍛錬不足だから、勉強不足だからと弾かれていたのです。
私は女性騎士団員の試験を受ける方々を見て、理解しました。彼女たちは、真剣でした。訓練をすれば、勉強をすれば、受かったかもしれない人たちだったのです」
入学の決まった生徒の中、何人か見覚えのある顔がある。その中の一人が、こそこそと隣に立つ少女に話かけている。そっか、もう仲間を見つけたんだね。
「そして、今回ガラナイツ国との戦争で、女性騎士団員を含む貴族出身の新人騎士がどれほど辛い目に遭ったか。その後の式典に向け、他国に見られても恥ずかしくない振る舞いを身につける為に貴族出身ではない騎士がどれほど大変だったか。
今ここで詳しくは語りませんが、大変だったのは確かです」
今度は後ろがざわざわする。まあ、身内の恥をさらされれば動揺するよね。
「これらの課題は騎士学校という場所があれば解決します。
騎士という職業を、貴族のおままごとにしてはいけないと強く思っています。本人にとっても、そして国にとっても不幸な事に繋がりかねないからです」
貴族のおままごとという単語に、幾人かの大臣が立ち上がりそうになっていた。ぎりぎりすれすれの危ない発言だものね。これはロスヴィータじゃなければ、なかなか言えない言葉だ。
「騎士学校という存在が、国を守り国を支える為の剣と盾を育てる重要な場所になるよう、願いを込めて立案しました。
どうか、今後の国民の皆様を支えていく人間を育てる場所を、あたたかく見守ってください。よろしくお願いします」
ロスヴィータはそう締めくくり、深く頭を下げた。秋晴れの中、彼女の金糸がきらりと光る。頭を上げたロスヴィータの姿は、この晴れの日にふさわしく輝いていた。
式典が終わり、早くもクラス分けされて各々部屋に入っていく生徒の後ろ姿を見ながら、エルフリートはロスヴィータにすり寄った。廊下だけど、それくらいは良いよね。
「ロス、かっこよかったよ」
「そうか」
「うん。本当に王子様みたい」
「私は」
「うん?」
ロスヴィータがエルフリートの肩を抱く。
ぎゅっと身を寄せる状態になり、頬に彼女の体温を感じて緊張が走る。
「私は、あなたの王子様としてふさわしいか?」
「え?」
「最近思うのだ。私はまだまだ未熟だなと」
彼女はまっすぐ前を向いたまま、エルフリートの方を見ない。
「そんなの、私だってそうだよ。やりたい事、やれる事、全部ぐちゃぐちゃでまとまってないの。迷走しちゃって……」
「……そうか」
「うん」
ロスヴィータが弱音のような事をエルフリートに言うのは珍しい。しかし、エルフリートは彼女に甘えてもらえた事が嬉しくて、それどころではなかった。
「あのね、多分、きっとね、ロスが王子様じゃなくなっても、ずっと好きだよ」
「フリーデ?」
「どんなロスでも、私は好きだから」
ロスヴィータが突然向きを変えた。目を丸くして驚くエルフリートに、そのまま彼女は抱きついた。
「私の妖精さん。私も、あなたが妖精さんらしからぬ姿になっても、きっとこの気持ちは変わるまい」
「ロス……っ!」
「盛り上がっているところ、悪いわね」
こほん、と咳払いをしたのはルッカ、会話に割り込んで声をかけてきたのはマロリー、物理的に二人を引き剥がしたのはバルティルデ。そしてその後ろには女性騎士団員が全員揃っている。
彼女たちの生暖かい視線に、エルフリートとロスヴィータは気まずさのあまりに視線を逸らした。
「うまくいって喜んでいるのは分かるけどさぁ……まだ早いよ」
「これで一段落だけど、ゴールじゃないのよ?」
バルティルデとマロリー苦言に、二人揃って頭を下げる。
「はぁい……」
「すまない」
平謝りする二人を囲い、笑いが広がる。え? どういう事?
戸惑うエルフリートを見つめるバルティルデたちの目が優しい。
「これからも、未来向けて頑張ろうな」
「少し離れますが、私も同じゴールを目指して共に走ります。これからもよろしくお願いします」
次々と、全員から声がかけられる。
「悪かったね。驚かせて」
「サプライズです!」
エイミーの声に合わせ、花吹雪が舞う。ようやく彼女たちの意図に気がついたエルフリートはロスヴィータと顔を見合せ、それから破顔するのだった。
2024.10.5 一部加筆修正




