9
ブライスとアイマルはごく一般的な構えで立った。
「単純に俺の一撃を食らうのと、手合わせ中に俺の一撃を食らうの、どっちが良い?」
ブライスはアイマルの好奇心に対して、とても誠実だった。
「純粋に試してみたいから、まずは一撃だけほしい」
「了解」
アイマル、今「まずは」って言った? エルフリートはブライスの一撃必殺を何度も受けるつもりらしいアイマルに、少しだけ呆れてしまう。騎士団に戦闘狂が増えてしまった。
「本当に一撃だけだからな」
ブライスが念を押すと、アイマルは軽やかに剣を振って答えてみせる。彼はやる気満々だなぁ。
「一応言っておく。俺は距離を詰めて、剣を振り下ろすだけだ」
「分かった。それを振り払うか、受け止めるか、受け流すかは自由だな?」
「もちろん」
二人は真剣そのものといった様子で見つめ合う。
睨み合いにも似た時間は、短かった。それは、一撃を与え、与えられるという行為が約束されているからこそ。少なくともブライス側には相手の反応を読む必要がなかったからこその、短さである。
アイマルはブライスの踏み込み後、すぐに反応した。どちらも早い。ブライスが振り上げる剣先を見つめ、アイマルは剣を握る手に力を込める。ブライスが振り下ろすと宣言した以上、アイマルはそれを下で受ける事になる。
エルフリートはブライスの剣が振り下ろされる瞬間、息を詰めた。
「うらぁぁぁっ」
ブライスの気合いの入った声と共に、彼の動きが変わる。どこで加速するのかと思ったけど、こんなタイミングで? もっと早いタイミングでも良いはずだ。
エルフリートだったら、踏み込む時から使う。――いや、これはブライスが押さえ込んでいただけだ。
ブライスは、最初から魔法具を使っていたのだ。だが、それを悟られないようにゆっくりと動いていたという訳だ。
対するアイマルは剣を振り上げた。速度をつけて剣と剣を当てる事で、完全な受け手となる事を避けたのだろう。
それは多分、正解だと思う。エルフリートはブライスの動きを見てそう直感した。
勢いを殺されていた剣は、ブライスが制御を放棄した途端に暴れ出した。暴れるとは過激な表現だが、言い過ぎではない。これは、まさに凶悪な一撃である。溜め込まれていた力が解放され、アイマルに向けられたのだ。
普通に受け止めたら、競り負ける。かといって衝撃を吸収するように力を抜いて攻撃を受ければ吹き飛ばされる。
アイマルは自分からも仕掛ける事で、完全とはいかなくとも相殺する事を選んだのだ。
「ぐぅっ!」
アイマルは更に一工夫している。ブライスがまっすぐ振り下ろした剣に対してアイマルは剣を傾けた。その傾きは、ぶつかってくる力を逃がす役割を果たしている。
正面から受ければ、剣が持たないかもしれない。そこまで考えての事であろう。しかし傾けすぎれば、今度はアイマルが剣を支えきれない。
彼はその微妙な加減を十分に把握していた。傾けられたアイマルの剣を、ブライスの剣が滑る。
これは、いけちゃうかもしれない!
エルフリートがアイマルがブライスの一撃に耐えられそうだと確信した瞬間――アイマルが尻もちをついた。
「え?」
思わず、エルフリートの口から声が漏れる。彼の横で、グレッドソンが解説してくれた。
「ブライスが出し惜しみをしていただけだな」
「出し惜しみ」
復唱すると、苦笑が返ってくる。
「珍しく、いや……珍しくはないか。意地悪をしたらしい。急に動きが良くなった時に、全部の力を出したわけじゃないという事だ」
「そんな、段階づけて制御できるものなの?」
「実際できているんだから、できるんじゃないか?」
剣を振り下ろす直前、振り下ろした後、二段階で力を解放する。想像するだけでも難しそうだ。是非ともブライスに説明してもらわなければ!
「フリーデ」
「うん?」
「わくわくしているだろ」
「えへへ」
でも、見てるだけでもわくわくするよね。エルフリートは素直にそれを口にする。
「ブライスって、さりげなく強いじゃない。かっこいいよね。憧れちゃう」
「まあ……レベルが高いのは否定しない。上司としてもまともだしな。だが、お嬢様が憧れるような類のものじゃないと思うが……って、聞いてないな」
グレッドソンが首を傾げる横で、エルフリートはブライスがアイマルを軽々と引っ張り起こす様を見ていた。筋肉も申し分ないし、本当に羨ましい。エルフリートは自分とは違う種類の強さを持つ男を見つめ、うっとりとする。
「無理なのは分かってるけど、あんな風になりたいなぁ……さっきの、筋力だけで制御していたんだとしたら相当だもん。どんな肉体を作ればそうなるんだろう?」
「フリーデ、おい」
グレッドソンの制止を無視し、エルフリートはふらりと二人のいる方へ足を向けるのだった。
2024.10.1 一部加筆修正




