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エルフリートは騎士学校の準備に奔走するロスヴィータの姿を見守りながら、己の課題と向き合っていた。
「ブライス、手合わせをお願いしたいんだけど」
「は? 俺はそんなに暇じゃないぜ」
「アイマルも一緒で良いから」
「……俺は知らねぇぞ」
「ありがとう!」
訓練所へと向かおうとしている彼を捕まえる事に成功したエルフリートは、弾んだ気持ちでブライスについていった。
「フリーデ」
「アイマル、こんにちは。今日はおじゃまさせてもらうわね」
エルフリートが声をかければ、異国の青年は軽やかな笑みを向けてくる。時々熱のこもったものを向けてくるのは困りものだが、普通に接するだけならいい男である。
エルフリートは堂々と接する事にした。レオンハルトとの仲むつまじい姿を見せつつ、ブライスと仲良くする。そしてアイマルはブライス以下なのだと差をつけた。
その甲斐もあってか、アイマルの感情の動きは少しばかり落ち着いたように見える。順調順調。エルフリートは笑みを深めた。
「もし、何か面白い手合わせをする予定とかがなければ、今日は混合で戦ってみたいな」
エルフリートは自分用の模擬剣を手に取りながら提案する。混合とは魔法剣士たるゆえんとなる魔法と剣の両方を用いた戦い方である。もちろんエルフリートが得意とする戦い方であり、それはアイマルも同じである。
「ブライスが不利では?」
ブライスの実力を把握しきれていないアイマルが首を傾げる。
「俺の事を単に筋肉バカだと思っているな……? おし、良いだろう。俺もがつんと一撃――」
「それは駄目だ!」
闖入者にブライスが顔を歪める。エルフリートはすぐにその正体に気がついて破顔した。
「グレッドソン」
「よ。フリーデ、アイマル」
二人への挨拶もそこそこに、グレッドソンは厳しい表情をした。その顔につられてブライスの顔も不機嫌そうなものに変わる。
「何だと思ったらお前か。良いだろう、少しくらい」
「駄目だってば。前にけが人を出したじゃないか」
「あれは俺のせいじゃないだろ。だいたい、あれくらいでひっくり返る方が悪い」
詳しくはエルフリートも知らないが、一時騒ぎになったらしい。それ以来、魔法具に使用制限が付いたとか。
以前、エルフリートが氷上訓練の時に助けてもらった事を思い出す。
距離が離れていたにも関わらず、すごい勢いで助けに来てくれた。あの魔法の威力を考えると、実際に戦いで使われたらやりにくいかも。
「あなたの一撃はえげつないんだって。俺だって耐えきれないよ」
「鍛え方が足んねぇんじゃん?」
グレッドソンの文句に、ブライスがしれっと返す。きっとにらみ返した彼は、アイマルを指さした。
「彼に大けがでもさせてみろ、監督責任を問われるぞ!」
「……そんなにすごい一撃なのか?」
あ、これアイマルの興味を引いちゃう奴。エルフリートは彼が乗らなかったら自分が乗っていたかもしれないという事実を棚に上げ、会話の行く末を見守った。
「こいつの魔法具を使った一撃は、一対一では必殺技って言っても誰もが頷く力を持ってるんだ。
滅多に使わせないから、多少は腕がなまっているかもしれないが、それでも凶悪な一撃には違いない」
わぁ、なんかすごそう! エルフリートはわくわくする自分を押さえきれず一歩踏み出した。
「防げた人間はいるのか?」
「もちろんいるさ。なぁ、ブライス?」
「まあな。けど、そんなに人数は多くない」
「総長だけだっけ?」
「ああ、あと副総長と魔法師団長がぎりぎり踏みとどまった」
ブライスの攻撃ってそんなにすごいんだ。ごくりと唾を飲み込むと、アイマルと目が合った。どんな反応を返せば良いのか分からず、とりあえずにこっとしておく。
「俺や、フリーデに、見込みはありそうか?」
「!」
巻き込まないでほしいという気持ちと、自分も試すチャンスがあるかもしれないという期待感で胸が膨らむ。
「フリーデはいけると思う。こいつ、雪崩から一小隊を守った実力者だからな。俺の一撃なんか、雪崩に比べたらガキみたいなもんだ」
「なんと」
事実だけど、なんかむず痒いなぁ。
「フリーデ、俺はまだまだお前のすべてを知らないようだ」
「知らなくて良いよ」
「何か言ったか?」
「なんだか照れるなあって」
あはは、と笑ってごまかせば、アイマルは笑みを返した。うん。ごまかされてくれたみたい。
「アイマルは、五分五分じゃないか? 俺は戦場での持久戦を見ていないし、瞬発的な力の使い方を全部見てきたとは思っていないから、自信はないがな」
ブライスがアイマルの意識を引っ張ってくれた。とてもありがたい。エルフリートは武器をゆらゆらと揺らしながら、そろりと元の位置に戻った。
「こいつは何度も使えるもんじゃないから、今日はアイマルな」
「良いのか!」
乗り気な彼に、ブライスは苦笑する。なんだかんだ言って、アイマルって結構戦う事が好きだよねぇ。武器を上げて合図をする二人に、エルフリートとグレッドソンは示し合わせたかのように下がるのだった。
2024.9.30 一部加筆修正




