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時々足並みを合わせてくるケリーとも話し合いをしながら、戦略を練っていく。道中、行軍を気取られないようにという対策で、数回に分けて小隊が離れていった。
経路を分け、移動するタイミングをずらし、同じ目的地へ向かうのである。間諜がどこに潜んでいると分からない状態だからこその対策だ。
上層部は間諜の動きを多少は把握しているらしいが、国民が騎士の動きをみて想像し、それが噂となって間諜に届くという結果になってしまえば、本末転倒だ。
可能な限り、国民には異常事態であると知られないように行動しなければならない。エルフリートたちが練っている作戦を守る為であり、明日出立する大軍が本命であると誤認識させる為でもあった。
エルフリートはケリー、ブライス、エンリケと共に移動している。バルティルデやマロリー、アイザックは小隊長としてそれぞれ別行動を取っていた。
ブライスの中隊には元々小隊長が存在しているが、今回は女性騎士団を合流させた影響で、小隊長補佐に回ってもらっている。エンリケの小隊は彼の副官であるベンが受け持っている。
「みんな離れちゃうと、ちょっと寂しいね」
「寝ぼけた事を言っていないで、早く話を詰めて」
「うっ」
ケリーの手厳しい言葉がエルフリートに刺さる。先頭を走るケリーは相当耳が良いのだろう。エルフリートの雑談を聞き取って、こうして諫めてくる。
「えっと、現状急がなきゃいけないルートはあと一つで合ってる?」
「合っているよ。魔獣が戻ってきたらすぐに送れるように、打ち合わせしなさい」
案が決まるなり、エンリケが保有しているルク――鳥型の魔獣で、グリフォンに間違えられる事もあるが、全く別の種である――を使って現地の騎士に指示を送っていた。
この魔獣は、通常ならば片道一日かかってしまうところを数時間でやってのける。そしてかなり賢い。三ヶ所程度であれば、間違えずに配達してくれるのだ。
その上、夜目も利くのだというから驚きである。
魔獣に二回目の配達を指示してから時間が経っている。今は夕暮れ時で、そろそろ休む場所を決めなければならなかった。今夜は野宿になる。明日は午前中に一度町へ寄り、馬を変える予定だ。
優秀な駿馬を、移動だけで潰してしまうわけにはいかない。馬の為にも、休みを入れる頃合いであった。
「このルート、急な斜面があるから気をつけて罠を仕掛けないと大怪我させちゃいそう」
「ああ、そこには竹が生えているから、そこまで危険な場所ではなかったはず……その代わり、罠を仕掛けるのが難しいかもしれないな」
竹藪かぁ……。エルフリートは竹藪を想像した。カルケレニクス領には竹藪はもちろん竹林もない。竹藪は経験がない。この想像が合っているのか不安だった。
「ブライスは竹藪経験ある? 私、竹藪は知識としてしか……」
不安がある場合は、知っている人間に聞けば良い。何も、エルフリートだけが考える訳ではないのだ。
「罠は張った事こそねぇが、戦闘になった事ならあるぜ――ってか、俺じゃなくてエンリケに聞け。実際の場所を知ってる奴の方が」
「ううん。どんな罠なら仕掛けられそうなのか、聞きたくて」
ブライスに被せるように言えば、彼は納得してくれた。
「竹藪は、縄が目立ちにくそうだったな。後は……竹のよくしなる性質を使えば、竹自体が面白い罠になりそうだ」
ブライスが何を考えているのか、何となく分かった。このルートに向かった小隊に、罠作成の経験がある騎士がいると良いんだけど。
エルフリートはブライスと相談しながら罠を具体的に詰めていった。
夜、軽く食事をとってからは交代で火の番兼見張りを立てて眠る。小隊唯一の女性として扱われているせいか、エルフリートの当番は最初だった。
別に順番にまで配慮なんていらないのになぁ。ぱち、と火の爆ぜる焚き火の音を聞きながら空を見上げる。街道近くの森の端だから、枝葉の間から星空が見えていた。
今頃、ロスヴィータも同じような配慮をされているだろう。もしかしたらエルフリートと同じように、この星空を見上げながら、騎士団の“配慮”についてぼやいているかもしれない。
木々のざわめきが混ざる。とても馴染みがあり、懐かしい気持ちが蘇る。エルフリートは自然の多いカルケレニクス領を思い出していた。
夜空に広がる星でできた地図は、故郷とは少し違っている。風が届けてくる香りも違う。カルケレニクスは花の咲く植物が多い。暗黒期ですら咲く花、イオンがある。
暗黒期に淡い光を発する花が群生している場所は、妖精の存在を信じてしまいそうなくらいに幻想的な光景である。いつか、ロスヴィータにも見せてあげたい景色の一つだ。
うぅん、ホームシックになりそう……。
エルフリートは一人苦笑する。今はそんな子供じみた事は言っていられない状況だ。早ければ明日の夜にはクノッソ領に着くはずだ。
そうなれば、もはや戦場にいるのと変わらない。一瞬の気のゆるみが誰かの命を奪う事になるかもしれない。エルフリートは森の囁きを聴きながら、戦に備えて心を落ち着かるのだった。
2024.8.7 一部加筆修正




