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ケリーとの打ち合わせ後、早速ロスヴィータはアルブレヒトに声をかけるべく、ペンを取った。おそらく、いい返事がもらえるだろう。そう思った彼女であったが、少しだけ意外な展開が待っていた。
「師匠」
アルブレヒトの屋敷に呼ばれて向かえば、出迎えてくれたのはアルブレヒト本人だった。
「うむ。健康そのもの、といった風だな」
アルブレヒトは朗らかな笑みを浮かべて頷いた。襟足の切りそろえられた短い髪を一束にまとめた髪色はロスヴィータと同じく綺麗な黄金色で、強い血の繋がりを見せている。
相変わらず若々しくて変わらぬように見えるが、薄くなり始めた髪の毛が少しだけ年月を感じさせた。
「単純に手紙で返事をしても良かったのだがなぁ」
「はい」
彼はロスヴィータが騎士になるのだと、絵本に描かれた王子様のような人間になるのだと言いだした時、馬鹿にせず剣の手ほどきをしてくれた人物である。
子供の言う事だから。どうせ女にはできまい。どうしてそんな風になってしまったのか。といった周囲の言葉に腐らずにいられたのは、ロスヴィータの信念が強かっただけではない。アルブレヒトの理解があったからだ。
アルブレヒトは、騎士になる為に必要な事をすべて教えてくれた。精神的な部分も、知識も、戦い方も、全部彼からの指導のたまものである。
「せっかくだから、騎士団長となったお前と話がしてみたかったのだ」
「ありがたい事です」
はははと笑いながら、ロスヴィータの頭をぐしゃりと撫でた。昔からこの人はそうだった。ロスヴィータは懐かしさがこみ上げる。アルブレヒトから見て、ロスヴィータは孫のようなものらしい。
彼女もまた、アルブレヒトの事を密やかに祖父のように感じていた。ぽんっと仕上げのひと撫でをし、彼は屋敷の中へと消えていく。ロスヴィータはその後を追った。
案内されたのは応接間だった。久しぶりの応接間にロスヴィータは懐かしさを覚える。ロスヴィータがこの屋敷に滞在する間、一部の仕事を手伝っていた事を思い出す。立ち振る舞いの実地訓練の場であり、思考力を養う勉強の場でもあったこの部屋は、思い出深い場所だった。
「して、本題だがな」
「はい」
アルブレヒトは座り直して姿勢を正した。その動作だけで、彼がこれから元将軍として女性騎士団団長と対面する気なのだと分かる。ロスヴィータも背筋を伸ばし、彼の目を見つめた。
「あなたの口から、直接聞きたい」
「分かりました」
ロスヴィータは気を引き締めて語り出した。まずは結論。騎士学校を設立するにあたり、アルブレヒトに教育者の一人となってほしい事。次にその理由。騎士学校の主旨を説明してからアルブレヒトという存在の必要性を説いた。
彼に騎士を育てる能力がある事は、ロスヴィータをはじめ、多くの騎士が証明している。その能力を活かしてほしい。そうすれば、騎士になった途端に戦場へ向かわされて死ぬという悲劇も減るだろう。
一通りを延べ、彼を見つめながら「以上です」と言う瞬間、鋭い眼光をアルブレヒトから向けられ、ロスヴィータは身を固まらせた。
「甘い」
「どのあたりがでしょうか」
「新人だろうが何だろうが、戦争で必ず人は死ぬ。戦争自体が悲劇であるからして、その言葉に意味があろうか。戦場だけではないが、時に目を疑うようなおかしな状況が生まれる事もある。そのような時、平等に訪れるのは死のみ」
アルブレヒトの言葉は、半分ほどしか理解できなかった。命が平等だという話かと思ったが、そうではないらしい。
「流れ弾に当たって、あなたの部下は腕を失ったそうだな」
「え、ええ」
唐突に話が変わり、追いつけないままに頷いた。
「彼女は騎士としてうまく立ち回れる人間だったと聞いている」
「新人でしたが、その通りです」
「今の総長やあなたも、彼女のようになる確率は同じだけあったという事を忘れるな。新人だけがリスクを持っているのではない。力のないものは確かに死にやすいが、ただそれだけではないのだ」
これは先ほどの話の続きだったのだと、そこで初めて理解する。アルブレヒトはロスヴィータをじっと見つめている。ロスヴィータの覚悟を読もうとしているかのようである。
「騎士学校を作ったから解決する問題ではないという事は、理解しておいた方が良い」
彼の指摘はもっともだ。騎士として強くなれば無敵になれるというわけではない。何もできずに死ぬ確率を減らす事ができるだけで、死ななくなるという保証はないのだ。
どんなに立派な騎士だって、少しの差で死ぬ事もあり得る。そこに、騎士としての成長は関係ない。
「まあ、騎士学校を作るという話自体は良い考えだ。それには私も賛同する。
――よくぞ頑張ったな」
彼の最後の言葉に、鼻の奥がつんとした。
「よき教育者として若者を導けるよう、尽力しよう」
「アルブレヒト様、ありがとうございます」
ロスヴィータは深く頭を下げた。
「なに、まだ私に役割が残っているというのならば、最後まで国の為に頑張ろうというだけだ。だが、現実との差でマディソン団長が苦しむ未来になるのは望んでおらぬ」
「お気遣い、感謝します」
「弟子の成長は良いものだ。今後も楽しみにさせてもらおう」
女性騎士団の団長となってから、全く口を出してこなくなった彼は、ずっと静かに見守ってくれていたらしい。ロスヴィータはそんな師を持てて幸せだと、心の底から感謝するのだった。
2024.9.27 一部加筆修正




