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謁見の報告をする為の打ち合わせとして、謁見の間のすぐ近くにある特別会議室へ向かう。謁見の間の近くには特別会議室と特別応接室があり、そのどちらもロスヴィータは入った事がなかった。
特別会議室は、会議室とはいっても室内装飾が群を抜いている。国宝まで飾られているものだから、ロスヴィータは見つけた瞬間に息を詰めてしまった。
会議室でこれなのだから、応接室は一体どうなっているのか。
今この場にいる人間の半数ほどはロスヴィータと同じくどちらの部屋にも立ち入った事がないはずだ。きっと同じ感想を抱いたに違いない。
「では、国民への報告であるが『女性騎士団は報償を国力増強として騎士学校の設立を請うた』という事でよろしいか」
宰相であるアシュレイが進行役を務めるらしい。彼は議題口上を述べると、結論だけを口にした。なるほど、打ち合わせというのは名ばかりで、ただ全員の承認を得る為だけに存在しているようだ。
「詳細はいかようにするのだ?」
「概要の説明だけでは混乱が生じるのではないか?」
大臣たちが口々に質問を上げ、空気が淀む。簡単には承認を得られないかもしれないが、これくらいは想定の範囲内だ。ロスヴィータは落ち着いていた。
彼らの質問は、反対する気はないが、一言でも言っておかなければ己のプライドが傷つくとでもいうかのような、薄っぺらいものだ。
エルフリートがちらちらと不安そうにこちらを見てくるから、穏やかに頷いて返す。報償として国王が赦した事を簡単に否定するような、愚かな事はしないはずだ。
彼らにとっては、口出ししたという事実が重要なのだから。
それは国王側も承知しているだろう。
すべてアドリブだが、ロスヴィータにとってこれらは茶番の続きのようなものである。緊張はあるものの、あまり不安はないのだ。
「今回は報告であって、告知ではない。つまり問題ない」
アシュレイの一言で室内は静まり返る。ロスヴィータの予想通り、宰相がきっぱりと彼らの言葉をはね返すだけで終わってしまった。
エルフリートは風向きが良い事を感じたのか、ロスヴィータの反応に安心したのか、肩の力を抜いたようだ。ロスヴィータはそっと巨大な会議テーブルの下で、エルフリートの拳に手を添える。
彼は一瞬目を見張り、すぐに何もなかったかのように振る舞った。
「国の安定は最優先だ。ここにいる面々は、それが分からぬ人間はおらぬはずだ。さあ、他に何か意見や質問はあるか?」
アシュレイは飲み込まれた言葉がないかをさぐるかのように、じっくりと全員の顔を見つめた。そして誰からも言葉が出てこない事を確認して笑みを深める。
「では、国民への報告は先ほどの通りとする。さっそく準備を始めよう」
広場へ向かい、謁見の間での事を報告する。これで、後には戻れない。ロスヴィータは肩の荷が下りた気分になる。実際は、荷物を背負う事が確定しただけなのだが。
報償として国が騎士学校を設立するからといって、それをただ眺めているだけという訳にはいかない。むしろ、立案者としてしっかりと立ち回っていかねばならないだろう。
達成感を覚えている場合でも、ほっとして気を抜いている場合でもなかった。
「ロス、これから忙しくなるね」
「ああ。そうだな」
エルフリートは息を弾ませながら言う。
「早く学校ができて、女性騎士団員が増えるといいなー」
明るい声に、ロスヴィータも浮かれた気分になる。
順調にいけば、数年後には新人騎士が増えるだろう。ただ、問題は校舎などの箱をどれくらい早く用意できるかによって、かなりそのタイミングは変わる。
「まずは入れ物だな」
「そうだね。何人集まるかによるけど、暫定的にあそこはどうかな」
「あそこ、とは?」
「私怨で反逆者になっちゃった最低男の屋敷とか」
「ああ……」
エルフリートの提案に、ロスヴィータはアルフレッドの姿を思い浮かべた。彼の屋敷は国に回収される事となったはずだ。つまり、彼の屋敷は自由にできるお得な物件というわけだ。
「陛下に提案してみよう。ある意味彼がきっかけになったと言えなくもないからな。それに、あそこは無駄に広い。少し装飾は豪華すぎるが、仮の校舎という事であればじゅうぶんだろう」
「使えるものは何でも活用しないとね。用途が決まってないといいなぁー」
エルフリートは笑顔だ。邪念のない笑顔を見ながら、ロスヴィータは少しでも早く騎士学校が設立できるよう、あらゆる算段をしていこうと誓う。
「国王主体だからと甘えず、我々は我々でできる事をやっていこう」
「うんうん」
「フリーデは、騎士団員の育成をがんばるんだぞ」
「あっ、そうだよね! うん、私もがんばるよ!」
エルフリートは何をするつもりだったのだろうか。少し歯切れの悪い返事に、ロスヴィータは彼の考えていた事が知りたいと思うのだった。
2024.9.25 一部加筆修正




