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穏やかに交渉をしていく予定だったが、ロスヴィータは自分の眼孔が鋭くなってしまった自覚があった。しまった、と思う彼女の視線の先にいるライムンドが、それで良いのだと小さく頷いたように見えるのは、気のせいだろうか。
気のせいでないと良い。ロスヴィータは切に思う。
国王である彼は、本来であればタブーである謝罪を口にするべくゆっくりと口を開いた。
「――分かった。慢心による無茶をしないよう、心がける事にしよう。そもそも、お前たち自体が新人だしな」
ライムンドは穏やかな口調で言う。
「お前たちが規格外だから、つい忘れてしまう。すまない」
ぽろりと自然に、しかし軽々しいとは誰も思わないだろう真摯な視線で彼は謝罪した。国王としては異例の謝罪であった。ロスヴィータはライムンドとしばし見つめ合い、静かに頭を垂れた。
「いえ、こちらこそ新人を守りきれるくらいの力があれば良かっただけの事。今後も精進いたします」
どうにか予定通りのやりとりが進んでいる。これで半分だ。ロスヴィータは顔が見えにくいのを良いことに、顎に力を込めて気合いを入れ直す。
「私の部下たちは、まだこの騎士団で国に身を尽くす所存です。復帰する機会をいただけたのですから、これで十分です」
ルッカの件は、既に周知されていた。彼女の話を出すのは、この次にくる内容への取りかかりである。
「女性騎士団員の籍は残す。だが、完成するまでは魔法師団預かりだ。
彼女は今後国の宝になるかもしれぬ。活動支援は私が責任を持って行うから、お前たちは時々声をかけてやりなさい。支えになってほしい」
「言われなくとも、その所存です」
「はは、頼もしい。ところで、報償は何が良いかな?」
いよいよだ。ロスヴィータは、予定通り爆弾を放った。
「騎士を育てる為の学校を作っていただきたい。それも、共学で」
「……ほう」
ざわり。周囲の空気が動いた。それはそうだ。こんな話が上がる事など、数人しか知らないのだから。
緊張のあまりに顔の筋肉がこわばってしまいそうだが、それを誰にも知られるわけにいかない。国のトップに挑む一騎士という立ち位置を保ったまま、ロスヴィータは説明を始めた。
「男女共に、騎士団に入る前から騎士団員としての教育をしていくのです。そうすれば、有事の際に今回のような悲劇が起きる事を多少なりとも押さえられるはず。
更に、現在の女性騎士団は応募者はいますが入団させられる能力を持った人間はほとんどいません。それは指導できる騎士が少ない事に起因しており、能力の高い者だけを選別するしかないという内情のせいでもあります」
何度も頭の中で練習してきた場面だ。ロスヴィータは周囲のざわめきで気が散りそうになる己から、冷静さを取り戻すべく深呼吸をした。
「――結局、入団したいという志だけではどうにもならないのが実状です」
「だから、その者らに機会を与えようという事か」
顎に手を当てて頷くライムンドへ、ロスヴィータも頷き返した。ロスヴィータが言葉を重ねていく内に、周囲のざわめきが落ち着いていく。
女性騎士団長という立場も、王位継承権を持っているという身分もあるとはいえ、少女がこのような提案をするのは異例な事だ。
だが、ただ自分の騎士団を大きくしたいという気持ちだけではないのだという事はこのやりとりで分かったのだろう。
「そういう事です。入団後に行っていた指導を省略できるのならば、女性騎士団を拡大する速度も上げられます。
共学にすれば、騎士団員となってからも連携がとりやすいでしょうし、悪い話ではないと思います」
静けさを取り戻した謁見の間に、ロスヴィータの声だけが響く。
「連戦で疲弊していると周囲の国家に思われている以上、早急に軍事力を強化する必要があります。武器はともかく、良い人間は簡単に補充できません」
ライムンドの隣に立つ宰相が小さく頷くのが見えた。彼がこの話に乗り気の様子を見せている事が非常に心強い。この後に大臣の誰かがごねたとしても、きっと彼が何とかしてくれるだろう。
「我々はのんびりしすぎました。辺境伯頼りに国王直下の我々騎士団がこれでは、民に示しがつきませんよ」
厳しい言葉だが、王族の末端だからこそ言わねばならない言葉だとロスヴィータは思っている。国を守るのは民自身であり、騎士であり、そして国王である。
一番最初に手を打つべきは国王だ。それでもうまくいかずにもめ事が生まれたならば、騎士が動く。どうにもならなくなった時、民に協力してもらう。それが王国であるべきだ。
国王が何も手を打たない国は衰退していく。グリュップ王国はそうなってはならない。
「お願いします。周辺国から一気に攻め込まれたら、我々騎士団は全滅です。女性騎士団への報償は、この国を守る力の増強にしてください」
自分たちの能力は把握している。今回のような戦争をすべての国境で同時に行える力は、ない。
少なくとも、今の総力の五倍以上が必要になるだろう。全員の命を削ったとしても、不可能である。
一カ所を守り、他は見捨てる。そうなりかねない。それは、ある程度国力に詳しい人間ならば簡単に分かる事だ。
「お前たち自身への報償はいらぬと申すか。面白い。その思い、無駄にはしない」
あらかじめ打ち合わせしていた茶番が終わった。ロスヴィータはゆっくりと息を吐き出すのだった。
2024.9.24 一部加筆修正




