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ロスヴィータは緊張していた。エルフリートにも秘密で国王と連絡をとっていた事が一番大きかった。
「どきどきするね。無事にこっちの言い分が通るかなぁー」
「大丈夫だ。通してみせる」
何も知らないエルフリートに、つい教えてしまいそうになる。これはできた茶番だから何も心配はいらないのだ、と。これは何度めの我慢だろうか。
毎回のように同じ返事をしながらロスヴィータは思う。しかし、それももう終わりである。
今日は特別な日だ。女性騎士団の発言力、そしていかに女性騎士団の人間が男にも劣らぬ勇敢さと忠誠心を持っているのかを知らしめる舞台である。
演者はロスヴィータと国王ライムンド。他の人間はすべて観客だ。エルフリートの可憐さと美しさを兼ね揃えた正装を見て、気持ちを引き締める。彼は今回添え物だ。その彼に立ち姿の時点で負けるわけにはいかない。
ロスヴィータはどちらかと言えば女性に見える化粧――エルフリート曰く女性らしさを足す化粧――を施し、隙のない女性騎士団長といった姿になっていた。
エルフリートもロスヴィータも、良くも悪くも目立つ存在だ。容姿もしかり、雰囲気もしかり。目立たずにいる事が難しい二人ではあるが、今日のような日は大助かりだ。
とはいえ、ロスヴィータは気を抜くとエルフリートの存在感に飲まれてしまう。ただでさえ気にする部分が多いというのに、今日は普段気にせず過ごしてしまう部分にまで気を配らなければならないのだった。
式典というだけあり、国王との謁見までも長いが、そこから先も長い。早朝から王都をゆっくりと一周し、広場で挨拶をする。そして、ようやく昼時に国王と謁見できるのだが……その謁見結果を再び広場に戻って報告しなければならない。
一国民はここまでだが、貴族は違う。この後国王主催の交流会が開かれる。もちろん女性騎士団員は全員参加だ。長い。実に長い。ロスヴィータはこれからのスケジュールを思い、ひっそりと息を吐いた。
凱旋パレードが終わり、さくっと広間での挨拶を済ます。ロスヴィータにとって、ここまでが準備運動のようなものだ。これから、この場にいる人間全員をだまさなければならない。
いかに自然に、なめらかに会話を進めていくか。スムーズすぎて、予定調和であるとばれやしないか。
雑談でもするかのような雰囲気にしてしまってもまずい。加減が難しいのだ。
謁見の間の扉が開く。すぐ隣に立つエルフリートの気配がぐっと固くなる。そういえば、彼は謁見の間周辺が苦手だと言っていた。魔法を制限されるらしい。
今回もそれを感じ取っているのだろうか。
「女性騎士団長ロスヴィータ・マディソン、女性騎士団副団長エルフリーデ・ボールドウィン。こちらへ」
「はっ」
決められた流れの通り、二人は謁見の間を進む。真正面に既にグリュップ王国の国王ライムンドが玉座に着いているのが見える。ロスヴィータは努めて余裕のある笑みを作った。
不自然にならない程度の笑みは難しい。ロスヴィータは鏡に顔が映る度、練習を繰り返した。自信や余裕を感じさせる笑みは穏やかさを失念すると傲慢そうに見えてしまう。
聖職者のような無欲さで、騎士としての強さを感じさせなければならない。頼りがいのありそうな顔は加減が難しいものの、慣れてしまえば非常に使い勝手の良い表情だ。
ロスヴィータはようやく身につけたその笑顔を披露し、背筋を伸ばし、まっすぐに国王を見つめた。ライムンドはロスヴィータに目を向け、続いてエルフリートにも視線を送る。
視線を受け、二人は静かに片膝をつく。
いよいよだ。ロスヴィータは思う。
「この度の戦勝、お前たち女性騎士団を派遣したのが大きかったと聞く。犠牲は少なくなかったが、無事にこの国を守り抜いてくれた礼を言う」
「はっ、ありがたきお言葉、恐悦至極にございます」
決められた言葉に、ロスヴィータも同じく言葉を返す。少し喉に力が入ってしまったが、震えずにまっすぐとした声が出てほっとする。周囲の視線は気になるが、ロスヴィータは目の前の存在だけをしっかりと見つめた。
「連続で戦地へと向かわせた私を恨むか? その先で犠牲を払わせた国を、恨むか?」
決められた流れではあるが、少しだけ声が揺らぐ。
「滅相もございません。この国を守る役目の為ならば、仕方のない事でしょう」
ロスヴィータはぐっと腹に力を込めた。
「ですが、不満はあります。この連戦、犠牲を払ったほとんどが新人です。もちろんそれは、私の部下だけではない。
今後はこのような無茶を避けていただけると、私は信じています」
女性騎士団では、ルッカが左腕を失うだけで済んだ。しかし、騎士団には腕や足だけではなく、命を失った騎士までいる。決められた言葉を口にするだけだが、何も思わずに言う事はできない。
その思いを乗せずにはいられないのだった。
2024.9.23 一部加筆修正




