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長い打ち合わせだった。何回かに分けて行われた式典の打ち合わせは無事に終了した。ロスヴィータは一段落した秘密を抱えてベッドに転がった。
ケリーとはカッタヒルダ山で共に行動したが、あの時に見たものは一部でしかなかったようだ。ロスヴィータはケリーと打ち合わせをするにつれ、何となくではあるものの、副総長としての彼の敏腕さの秘密を掴んだ気がした。
まず、彼は視界が広いからだろうか、懐が深い。聞けば、問題などを見る時にはいくつかの決まった角度から思考する為、相手の反応が想定外という事がほとんどないのだと言う。
一人でディベートをしているようなものだ。と笑う彼を見て、ロスヴィータはケリーの事を「天才っているものだな」という感想を抱いた。
常に多角的思考を働かせ続けるのは、無理がある。ロスヴィータがそれを実行したとしたら、きっと頭が混乱してしまうだろう。
ロスヴィータは少しでも自分にできそうなものはあるのだろうか、と思案する。だが、すぐに諦めた。どう考えたって、まねできそうにない。
「強い指導者……か」
ロスヴィータはケリーの言葉を口にしてみる。彼の言う、強い指導者とは何だろうか。ロスヴィータの発言から引き出したのだから、単に武力という意味ではないのは明らかだ。
女性騎士団の事を第一に考えるという意味ではロスヴィータはふさわしい行動を取っている自信がある。だが、強いという言葉がいまいちピンとこない。
言葉の意味そのままであれば指導者としてふさわしい行動ができていて、それが強いという事に繋がるはずなのだが……ロスヴィータには、ただそれだけの意味で使われたとは思えなかった。
ロスヴィータの思う強い指導者とは、遠縁のライムンド王のような人物である。
人心掌握に長け、柔軟さを見せながらも芯は歪ませない。優しいだけの人物ではない証拠に、女性騎士団新人の戦地派遣といった事を平気でやってのける冷酷さもある。
あれには本気でロスヴィータの心が離れそうになった。だが、彼の判断は最善だ。同じ立場にロスヴィータが立ったとしたら……決断はできないと思うが、その案を一度は思い浮かべたはずだから。
ケリーの言う、強い指導者も同じだろうか。ロスヴィータは目を閉じる。ロスヴィータの言動から好感を得ていたのだから、ライムンドのような人物像ではない事は確実だ。
己とライムンドの違いを挙げていったらきりがない。ロスヴィータは自分がどうあるべきか、何が女性騎士団にとって最良となるのか、夜遅くまで悩むのだった。
結局、考えがまとまらないままに寝てしまい、もやもやとした気分で朝を迎えた。ロスヴィータは小さくあくびをしながら女性騎士団の制服に着替える。
「女性騎士団には、女性らしさをアピールさせた方が良いか……?」
少年と間違われても仕方のない己の姿を見ながら呟く。少し化粧をした方が良いかもしれないな。そうすれば、少しは男装の麗人らしく見えるだろう。
ロスヴィータはそう思いつく。
ロスヴィータが今更女性らしくするのは変な話である。ならば、その要素は変えずにより見目よくさせれば良い。これは良い考えだ。
小さく微笑んだ鏡の中の自分を見つめ、彼女は筆を取った。
少しの奮闘――実際はそこそこ時間がかかった――で完成した顔を見て、ロスヴィータは満足そうに頷いた。
本職の人間に頼んだ方がクオリティは上がるが、ロスヴィータの化粧の為だけに貴重な人員を使うのは気がはばかられる。
それに、毎日の事である。毎回頼むのは、貴族の女性として生活しているならばふつの事だが、騎士として生活している今のスタイルには合わない。仕事の時間だって不定期だ。
男性のエルフリートが毎日やっている行為なのだ。女性であるロスヴィータだって頑張ればできるはずだ。多少化粧に乱れはあるものの、そんなにひどくはない……はずだ。
念の為に、エルフリートに確認してもらった方が良いだろうか。化粧を施した自分の顔を見つめている内にだんだん不安になってきたロスヴィータは、申し訳ないという気持ちを込めて彼の部屋の扉を叩いた。
「おはよぉ、ロス。お化粧したの? 可愛くなってるねぇー」
「お、おはよう」
出会い頭の一言めで化粧について言及され、どもった。その恥ずかしさで一気に頬が朱に染まる。
「でもちょっとお部屋の中に入って。少し直してあげる」
「ああ、頼む」
手を引かれて部屋の中へ進めば、奥のドレッサーまで連れていかれた。ロスヴィータは手前のソファーでもじゅうぶんだと思ったが、余計な口は挟むのをやめた。
化粧台には、可愛らしい道具などが並んでいる。これを見て、彼が男であると誰が信じるだろうか。
「相変わらず可愛らしい台だな」
「ふふ、ありがとう。この方がそれっぽいでしょ?」
と笑った。
うん。可愛いから許してやろうではないか。
2024.9.22 一部加筆修正




