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マロリーはタルトを綺麗に食べながら、淡々と話し始めた。
「あのね、あなたという存在は身近に前例のない新しいものなの。だからこそ、周囲の影響を受けない方が個性が光ると思う」
「え、でも――」
それじゃ何も変わらないんじゃない? エルフリートはそれを言おうとしたが、フォークをぴしっと目の前に突き出されて口をつぐむ。
「自主的に取り込むんじゃなくて、自然に任せてみれば良いって事よ。『あ、これ素敵』って思って取り込んでいくのは悪い事じゃないわ。でも、それをあなたがやっていったら迷走していくだけよ。
だから、あなたが無意識の内に取捨選択して取り込んでいくのに任せた方が良いという話」
「えっと、つまり……その……」
何となくマロリーの言いたい事は分かる。エルフリートは戸惑いながら総括しようとする。が、なかなか言葉が出てこない。
もだもだとするエルフリートの姿を見て、彼の中でマロリーの言葉が消化できていない事を理解した彼女は、溜息を一つこぼした。
「人間は勝手に周囲の影響を受けるものだから、それに任せれば、あなたのコンセプトを崩さずに成長できるはずって事」
「周囲の影響を受けて変わってしまうかもしれないよね?」
「あなたほどの強い個性は簡単に変質できないから大丈夫」
「う……」
認めてもらえているのか、そうではないのか微妙な評価に、エルフリートは素直に頷く気になれなかった。
「所詮、他者の行動を良いなあって思ったところで、全部実行できるのは神様くらいなんじゃないかしら。中途半端にいろいろ身につけたって付け焼き刃でしかないわよ。あなた、張りぼては嫌なんでしょう?」
「うん」
マロリーが言っている事は、簡単なようで難しい。
エルフリートは紅茶を口に含む。甘い食べ物に合わせてさっぱりとした茶葉で用意した紅茶は、何も食べずに飲むには少し物足りなかった。
「何も、良いなぁと他者の行動に憧れる気持ちを否定しているわけじゃないから誤解しないでほしいのだけど……人間、可能な範囲ってあると思うのよ。
良いと思ったものをすべて取り込もうとしたら、際限なくなってしまうわ」
「際限ない……確かにその通りかも」
ようやくマロリーの言いたい事が分かった気がする。
「最初からできない事をするより、自分の限界を弁えてじっくりと身につけていった方が良いと考えたの。
人間性は技術と違うんだし、何も生き急ぐように焦る必要はないわ。焦るより、堅実でいた方が精神的に楽だと私は思う」
「そっかぁ」
話をしていたのに、いつの間にかタルトを食べ終えていたマロリーは、丁寧な仕草で口元を拭うと挑戦的な笑みを浮かべた。
「現時点で優秀なんだから、今の状態を磨き上げて唯一の存在になった方が良いわ。何も、わざわざ他の人間の動きを取り込んで濁る事はないのよ」
何だかすごく褒められた気がする。エルフリートは小さく口角を上げた。
「私、人の評価には忖度しないタイプなの。そんな私が言うのだから自信を持てば良いわ」
「……ありがと」
エルフリートの声が小さかったせいか、彼女はずいっと身を乗り出す。そしてエルフリートの頬をぐいぐいと人差し指でつついた。
「ふんわりしてて、脳天気で、時々えげつない。そして弱っている心にそっと寄り添うのがあなたの良さよ。妖精っぽくて良いじゃないの」
「うう……いはぁい」
「勇者のような引率力は必要ないわ。王子のような牽引力もね。そして冷静で冷血とも取れるような理性も」
あれ、マロリーって本当に年下なんだよね? エルフリートは自分よりもしっかりとしている少女を見つめた。マロリーは二歳ほど年下のはずである。そんな彼女にこんな事を言われるとは。
知識って、精神年齢にも影響があるのかな。正直年下であると意識した事は一度もない。マロリーがあまりにも大人びた表情をしているせいかもしれない。
「どうせ、ここ数年でいなくなるんでしょう? あんまりあなたが統率者として伸びると、跡を継ぐバティがかわいそうだわ」
「あ、ひどい」
「そもそも、人間の良さなんて比較するようなものじゃないわ。みんな別の個体なんだもの。だからフリーデは協調性を失わずに個性を伸ばせば良い。以上!」
「わぷっ」
最後に鼻をつままれ、エルフリートは変な声を上げた。その姿がよほどおもしろかったのか、マロリーが笑いだす。
「ふふっ、そういうあなたの方が良いわ」
「んもうっ!」
頬を膨らませてエルフリートが怒れば、ますますマロリーの笑いは大きくなっていく。
「私、あなたと友達になれて良かったわ。こんな、ふふ……おもしろい……あはは、おなか痛いわ……あーもう、おかしい!」
「ちょっと、マリン!?」
大爆笑、と言ってもいいほどに笑い続ける。目尻に涙を浮かせてまで笑うマロリーの姿に、エルフリートの方は顔をひきつらせるのだった。
2024.9.19 一部加筆修正




