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目覚まし代わりの紅茶を飲みながら、仕上げに打ち合わせた内容をまとめた紙を確認しあう。仮眠をとってすっきりとした頭で見返すと、所々修正したい部分や、詰め直した方がよさそうな場所が出てきていた。
ああでもない、こうでもない、と捏ね直していると扉がノックされた。
「お前たちがここに一晩中籠もっているのは知っている。そこまでしたからには、完成したんだろうな?」
扉の向こう側から話しかけてきたのはケリーであった。五人はそれぞれ顔を見合わせる。全員の顔には困惑が浮かんでいた。ひとまず、代表としてこの部屋の持ち主であるエルフリートが立ち上がった。
「ケリー副総長、おはようございます」
「ああ、おはよう」
「資料ですがまだ提出できる段階ではなくて、今最後の詰めを――」
「見よう」
柔和で礼儀正しいはずのケリーが家主に承諾を取る事なく、するりと室内へ入っていった。何か事情でもあるのではないか。エルフリートの胸に、一抹の不安が浮かんだ。
彼はテーブルに広がる紙を一別し、壁に張られた地図を見つめている。その間にブライスとアイザックが紙を見やすいように整理し、ロスヴィータとバルティルデが書き損じなど散らばっている不要な紙をひとかたまりにまとめ、エルフリートは来客用に紅茶を用意する。
背後のざわつきを全く気にせず、地図に集中するケリーの雰囲気は険しい。やはり、何か問題があったのでは――そんな不安が膨らむばかりである。
「このルート、あぶり出しは誰が?」
「俺とアイザック、バルティルデです」
手に持っていた紙の束をアイザックに預けながらブライスが答える。ケリーは軽く頷き、地図に背を向けた。こちら側に振り返った彼に、アイザックがすかさず資料を渡した。
ブライスとアイザックの息のあった連携に関心しながら、エルフリートはどうにかケリーの思惑を掴もうとしていた。
「それぞれのルートに対して罠をどこに設置するか、また有効な誘導方法などをまとめています。これらは今、ブラッシュアップ中です」
ぱらり。ケリーが紙をめくる音が室内を支配する。沈黙が続く。
「このルート、最初から練り直せ。ここは全員手練れの傭兵だ」
「どこかから情報でも?」
「ああ。もう登り始めている」
「間に合わないじゃないですか」
衝撃的な事を告げられ、目を見開いた。緊急事態じゃないか。ケリーが強引に部屋へ入ってきたのも頷ける。
ここは王都。カッタヒルダ山まで早馬でも二日はかかる。登り始めたという彼らが峰の辺りに到達する方が、これから移動してカッタヒルダ山の麓に到着するよりも早い。
「既にこちら側も現地の騎士を山入りさせている。我々は移動しながら彼らに指示を与える事になる」
「……いろいろ厳しいですね」
ブライスが思案顔で呟いた。
数時間後、身支度を整えたエルフリート、ロスヴィータ、バルティルデ、マロリーの女性騎士団員五人はブライスが率いる中隊と合流した。残りの彼の部下は既に出立していると言う。
「ケリー副総長も一緒に行くってよ」
「私たちも一緒だ。よろしく頼む」
ブライスの背後から、エンリケが顔を見せた。背が低めの彼は、ブライスの後ろに立つと隠れてしまうのだ。エンリケは程良く日焼けした肌に、日焼けのせいで色が抜けてしまったのだろうか、やや傷んだ明るい茶髪に素朴な目鼻立ちをした青年である。
彼は小隊を率いていた。見慣れない騎士たちが後ろに続いている。
「移動しながら、一番手強いだろう先行隊の罠について打ち合わせをしよう」
「よろしくお願いします」
「地形は私の方が分かっている。どんな罠にするつもりなのか、構想を教えてくれれば力になれると思う」
聞けば、エンリケは山歩きを趣味としているらしく、一個人としてカッタヒルダ山を熟知しているという事だった。エルフリートは頼もしい味方に、昨晩の打ち合わせに呼ぶ事ができていたらどれだけ有意義だったろうと思ってしまった。
用意されていた馬に乗り、手綱を腕に絡ませたエルフリートは地図を広げてエンリケに併走した。そんな彼に従うかのようにブライスが横についた――と思ったら。
「フリーデ、揺れが酷いから地図を広げたところでエンリケには見れないだろうよ」
「えっ、あっ!」
確かにそうだ。揺れる視界を認識し、声を上げる。
「いや、だいたいの所を指さしてくれれば分かるよ」
わあすてき。エルフリートの揺れとエンリケの揺れが違うタイミングで、視界はすこぶる悪いはずなのに。
「私、視力は良いよ。剣より弓の方が得意なくらいだし」
「すごいのね!」
素直に感激すると、エンリケに苦笑された。
「君の方がすごいんじゃないかな。手綱いらずで馬を早駆けする人初めて見るよ」
「そうかなぁ?」
確かエルフリーデもできたはずだ。騎乗で弓を扱う時に必要な能力だと認識していたエルフリートは、エンリケもできるはずだと問い返す。
「エンリケだって馬を走らせながら弓を射がけられるでしょ?」
「できるけど、早駆けはまた話が違うって」
そんなものかなぁ。エルフリートは一人首を傾げながら本題に入るのだった。
2022.5.22 誤字修正
2024.8.7 一部加筆修正