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気を持ち直したエルフリートは、その状態のまま慰問同行を終えた。だが、時間が経つにつれて「そのままで良い」というロスヴィータの言葉を鵜呑みにし、のうのうと過ごしても良いのだろうかという疑問が湧いてくる。
こういう時に、相談できそうな相手は……。
「――で、俺か」
「えへへ、頼りにしちゃった」
目の前で呆れた声を出すのはブライスである。エルフリートは非番の彼を捕まえ、王都内の料理店へと訪れていた。もちろん密室を避ける為、また誤解されるのを防ぐ為、窓際の席を指定した。
用意周到な様子に、ブライスは溜息を隠せない。
「あのなぁ……二人の関係に俺を巻き込むなよ」
「そんな事言われてもぉ……」
エルフリートは困惑気味のブライスへ、にっこりと彼が断りにくいような微笑みを向けた。
「まあ、俺の考えを言わせてもらうなら、ロスの言っている事は適切ではあったが、正しいとは思わねぇな」
何度めになるか分からないため息の後に、彼はそう口にした。
「フリーデの状態に対する言葉としては最適だったろうよ。でもな、自ら何かを変えようとしている人間に“変わるな”という言葉は、どう変わりたいかを本人からしっかりと聞き出すまでは言わない方が良いと、俺は思う」
エルフリートはブライスの言葉をかみしめる。そんな彼の様子を見て、ブライスがふっと笑えば、しんとした空気にあたたかさが戻る。
「で、お前は何を考えている? 具体的に、どう変わりたい? 何を身につけたいと思ったんだ?」
優しく何もかもを受け止め、包み、送り出してくれるブライスは、本当にいい男だ。エルフリートは彼の恋人になる人間は幸せだろうな、と他人事ながらに思う。
「私ね、ずっと自己中心的に生きてきて、これからもそうやって生きていくのはどうなんだろうって思ったの」
「そう思うのは勝手だが、お前の根源が揺らぐんじゃないか?」
エルフリートは目を見開いた。
確かにその通りだ。エルフリートが自己中心的に生きる原因は妖精さんにある。それをやめなければ、この悩みは終わらないのだ。
「周囲はやめろって?」
「言ってない」
「なら、それはこのままで良いだろ」
ブライスにすぱっと言い切られると、それで大丈夫な気分になる。不思議な事だが、ブライスの言う事はすんなりと受け入れられるのだ。
「バルティルデみたいにね、叱ってちゃんと引っ張れる人にも憧れる」
「そうなったら、人生のコンセプトが台無しだな」
「う……」
くく、と笑いをこらえながら言われ、エルフリートの頬が赤く染まる。
「叱る役は誰にだってできっだろ。他に何かねぇの?」
ブライスは相変わらず笑ったまま食事を始めてしまった。むっとふくれそうになったエルフリートだったが、次の瞬間には霧散する。
「そうそう。そうやって我慢する事を身につけていった方が有用だぜ」
どうやらブライスはエルフリートを導こうとしているらしい。
その方向がどこなのか、まだエルフリートには分からない。だが、このチャンスを逃すのは愚者がする事だ。
「どういう事?」
エルフリートは情報を引き出す事で掴む意志を示した。ブライスも彼の目に向上心の光が灯っているのを認め、サラダをつついていたフォークを置いて唇についたドレッシングを拭った。
核心に触れるようなヒントをくれるかもしれない。そんな期待がエルフリートの中を満たす。
「お前が目指しているものの軸を外れずにできる事を目指せば良いって事だ。ある種の方向で優秀な人間がいると、そうなりたいという気分になる。それは俺だってそうだ。
たとえば、俺はフリーデを尊敬している。肝の座り方、人のあしらい方、そこら辺がメインで、あとは戦い方だな」
ブライスがエルフリートの長所を並べ立てて褒める。仲間にべた褒めされると照れくさくなってしまう。表情を変えまいと思ってはいても、口元がむにゅりと動いてしまった。
「お前の魔法の使い方はすごく綺麗だ。呪文は独特だし、どうしてあれで高出力になるのか意味が分からんが、俺は好きだ。
本当に妖精なのだと言われれば、信じてやっても良いくらいだ。だが、俺はお前のようになりたいとは思わない」
「……」
エルフリートはきゅっと唇を引いた。
「それは、俺が目指す“俺という存在”とは軸が異なるからだ。俺は、この恵まれた体格を使って戦う騎士でありたいと思っている。
そして、隊長として恥じない、部下に信頼される人間でありたいと思っている。そこに、お前のような綺麗さは不要だろ?」
ブライスの言いたい事は何となく分かる。が、その言い方はいまいちピンとこなかった。
「綺麗でも良いと思うけど」
「そういう話じゃないんだよ、フリーデ」
苦笑混じりに違うと言われ、唇を噛んだ。
「俺が髪を伸ばしてお前の兄みたいな姿をすれば、部下に信頼される人間になると思うか?」
エルフリートは自分がエルフリートとして生活するときの姿をしたブライスを想像し、眉をひそめる。
しっかりとした体躯に趣向を凝らしたジャケットは似合うだろうが、髪を伸ばして整え、エルフリートがしているような笑みを張りつけた彼は、薄気味悪く感じる。
「……ちょっと、ちぐはぐな感じはするかも」
「俺の今までのイメージが邪魔するんだ。俺のそんな姿を部下が見た暁には、何の罰かと笑いながら聞かれる事になるだろうよ」
エルフリートは、何となくブライスが言おうとしている事が分かった気がした。
2024.9.18 一部加筆修正




