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妖精と王子様のへんてこマーチ(へんてこワルツ3)  作者: 魚野れん
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5

 バルティルデがそっと近づいてきたと思ったら、彼女は口をへの字に曲げていた。心当たりのあるエルフリートはぎくりとする。びくりと震えた彼の肩にバルティルデは手を置き、そっとささやいた。


「二人とも、あたしの言いたい事は分かるよな?」

「ごめんなさい」

「分かっているなら良いさ。あっちの子たちは気づいていないし」


 雑談に花を咲かせていた自覚のある二人は押し黙る。


「……雑談できる余裕が出てきたのは悪い事じゃないと思うよ。気がふさいでしまうより、ずっと良い」


 バルティルデのほの暗い声にはっとし、エルフリートは視線を彼女へ向けた。そこには、過去の苦悩を振り返るような、悲しみを含んだ女の顔があった。

 過去に、何かあったのだろう。エルフリートたちは、バルティルデの戦場での話をほとんど聞いた事がない。エルフリートは、彼女が戦果を挙げる事にこだわりがないという事の証明であると思っていた。

 だが、その考えは半分くらいが正解で、残りは不正解だったのかもしれない。


「戦争に行くと、価値観が変わるからさ。いろいろと気持ちの整理が必要になる。特に今回は初めての戦争で、多くの命の責任を負いながら動いたわけだ」


 バルティルデの言葉が終わるを、二人は揃って待った。彼女が言おうとしているのは、大切な事だと分かったからだ。


「結果は勝利で良かったが、部下の大けがと仲間の死が影を落とす。あたしは少し心配していたんだ。これでもね」


 バルティルデはエルフリートの頭を撫で、寂しそうに笑う。


「二人とも、覚悟のいる行為を率先して実行したんだ。失ったものは少なくないが、失わずに済んだものを大切にし、この調子で前を向いていてくれ」


 バルティルデが少なくとも傭兵として活動している間に、とてつもない喪失感を味わったのだと分かる。それを乗り越えたからこそ、そんな風に言葉にできるのだろう。


「悲しいが、失われたものは本当に戻ってこないんだ。もし、今のあんたたちが戦争を経験してハイになっているだけで、今後落ち込むような事があれば、今の言葉を思い出してくれ。

 ま、あたしでよければ話も聞くし。一緒にいるだけとかでもしてやる。手合わせして汗を流してすっきりしたいってなら、相手をしてやる。だから、顔を上げとけ。そうやって笑っていろ」


 彼女の言葉は、エルフリートの胸にそっと寄り添うかのようにしみこんでいった。それはロスヴィータも同じだったらしく、彼女はしっとりと瞳を揺らしている。


「でも、今は職務に集中する時間だよ。分かった?」


 一通り言うべき事を言い切ったと言わんばかりに、バルティルデはにやりと悪役のような顔をした。


「うん。ありがとう」

「分かった。気を遣わせて悪かったな」


 バルティルデはいったい、戦争で何を失ったのだろう。エルフリートたちに寄り添ってくれるバルティルデの原動力がその出来事にあるのならば、感謝の祈りを捧げたい。

 エルフリートはバルティルデの過去に向けて感謝の言葉を口にした。


「別にどうってこたぁないよ。単なるあたしのお節介だから」


 バルティルデは、エルフリートの間接的な感謝も、ロスヴィータからの申し訳ないという気持ちも、何も受け付けないつもりのようだった。小さくてを振り、そのまま元の配置へ戻ってしまう。


 ほんとにすごい。エルフリートは彼女の背中を見つめたまま思う。器が違う。

 自分の事、やるべき事だけで精一杯になっているエルフリートには、とうてい辿り着けない場所にいると感じた。


「すごいね」

「ああ、本当に。尊敬に値する。

 我々も早くあのような気配りのできる人間になりたいところだな」


 ロスヴィータの言葉にエルフリートは頷いた。エルフリートはいつも自分の事ばかりだ。おとぎ話に出てきた登場人物のようになりたい、そんな幼い気持ちで女装をし、両親にその意志を押しつけ、妹には自分の身代わりをさせている。

 あまりの自己中心さを自覚し、唐突に自分が嫌いになりそうになった。


「フリーデ、あなたはバティを見習わなくても良いと思う。あなたの良さは、そこじゃない」

「え?」


 ロスヴィータの声かけで思考が途切れる。


「この前思ったんだ。あなたは常に人の気持ちに寄り添う方がむいている。引っ張り上げる役は私がやろう。

 だから、フリーデは相手がそれ以上落ちていかないように支えていてくれ」


 ロスヴィータの目がエルフリートを貫いた。


「適材適所だ、フリーデ。すべての存在になろうとしないで良い。あなたは私の妖精であれば良いのだから」


 美しい森林の緑の中に、エルフリートが映り込む。不安に揺れ、自信のなさそうな情けない顔が見える。


「あなたが何を考えていたのかは知らないが、そんな迷子みたいな顔をしないでくれ。私たちの目的は決まっている。その方向を向いて、互いに補いながら進んでいけば良いだけなのだからな」


 王子様は王子様だった。迷走しそうになっているエルフリートを良い方向へ引っ張ってくれる、頼もしい恋人。

 エルフリートはロスヴィータの自信にあふれた笑みを見て、小さく微笑み返すのだった。

2024.9.17 一部加筆修正

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