表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
妖精と王子様のへんてこマーチ(へんてこワルツ3)  作者: 魚野れん
前へ進む妖精と王子様

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

66/87

4

 エルフリートたちは子供たちと戯れる王妃の視界の端に、護衛する近衛騎士を観察していた。式典当日は彼らと共に行動する事となる。引けを取らないように、彼らの様子を覚えていく事が急務である。

 エルフリートは近衛騎士と同じような立ち姿で周囲を見ているロスヴィータを観察した。彼女は普段よりも少しだけ華やかに見えるよう、刺繍を施されたリボンをしていた。ネイビーのリボンに銀糸の刺繍はシンプルだが凛とした彼女の雰囲気によく合っている。


「ロス」

「どうした?」

「そのリボン素敵ね」


 こっそりと話しかける。ロスヴィータは視線をさまよわせると、実は……と切り出した。


「私がやってみたんだ」

「すごくいいセンスじゃない」


 蔦模様のそれは、ゆったりとした曲線を描きながら縁を飾りたてている。

 ごてごてとした刺繍はそれでロスヴィータの王子様然とした雰囲気に合っているが、今回のようなシンプルなものは彼女の凛とした雰囲気を際だたせていて良い。

 エルフリートはうっとりとしてしまいそうな自分を抑えるべく、自分の胸を押さえた。


「凛としたロスに、シンプルな蔦模様が素敵よ」

「そうか」

「うん。とても丁寧に縫われているのが分かるし、私は好きだなぁー」


 のんびりとした口調で言えば、彼女は嬉しそうにはにかんだ。


「フリーデはどうなんだ?」

「え?」


 思ってもみない言葉にエルフリートは困った。

 エルフリートが視線を泳がせた先では、ヘカテイアに花冠を渡して笑う子供たちの姿がある。花冠は一度護衛に渡され、彼らの確認後にヘカテイアの手に渡る。

 何度も繰り返された行為なのだろう。子供たちは何を言わず、にこにこと自分たちの作った花冠が検分される様子を眺めていた。


「刺繍は得意か?」

「実は苦手なの。編み物は得意なんだけど」


 エルフリートは正直に言った。刺繍は苦手だ。編み物と違って針を指す事のできる範囲が広すぎる。編み物のほとんどは一つ前の目を拾っていく事になる。決まり事に沿って編んでいけば完成してしまう。

 刺繍は完成図を考えたら、それを元に絵図を刺繍していく。絵を描くのと同じだと言う人もいるが、全然違う。どこに針を刺せば良いのか、すぐに分からなくなってしまう。 


 エルフリートにとって、刺繍は選択肢が多すぎてうまくいかなくなってしまうものの一つであった。

 エルフリートの言葉を聞いたロスヴィータは、にやりと笑う。


「……そうか。フリーデにも苦手なものがあったか」

「私にだって、できる事とできない事ってあるのよ」

「あなたが刺繍したリボンが使えたら幸せだろうなぁ」


 エルフリートは脳内の天秤にロスヴィータの笑顔と下手くそな刺繍を乗せた。くん、とロスヴィータの笑顔が乗った方が下がる。壊滅的な己の刺繍を見つめる。すうっと刺繍の乗った方に天秤が傾く。


「見せれるものは作れないよ」

「私は見てみたいんだが」

「……」


 ロスヴィータはエルフリートのひどい刺繍を見たとしても、決して傷つけるような事は言わない。それは分かっているが、女らしさの欠ける()()を見せるのは相当な決心が必要だった。

 ここまで女装を極めたのに、刺繍だけはどうにもならなかった。きっと妖精さんならば、刺繍だって完璧にやってのけるだろう。そう思うと、幻滅されてしまうのではないかという無駄な不安に襲われるのだ。

 ロスヴィータがそんな人間ではないと分かっていても、この不安はきっとなくならないだろう。これは、自分への自信のなさが原因なのだから。


「フリーデ、あなたが縫ったという事実が大切なんだ。どうだ? 私の刺繍リボンと交換というのは?」


 ロスヴィータの提案を聞いたエルフリートの目の前で、乗っていた刺繍が吹き飛んでいった。己の恥と引き換えにロスヴィータの刺繍が手に入るのならば、喜んで恥をかこう。

 エルフリートは単純だった。


「交換する」

「それでこそ私の妖精さん」


 彼女の爽やかな笑みには、僅かに喜色が浮かんでいる。それは単純にエルフリートの刺繍が見たいのだと言ってくれているようで、エルフリートはほっとした。


「少し時間もらっても良い? できるだけまともなものを用意したいから」


 ロスヴィータへ刺繍を渡す事へ対して前向きに考えるようにはなったものの、不安がなくなったわけでなはい。


「ああ、かまわないよ」

「良かったぁ……」


 エルフリートはそっと胸を撫で下ろす。エルフリーデに確認してもらって、合格がもらえたら渡せば良いだろう。エルフリートよりもエルフリーデの方が、刺繍は上手だったはずだ。

 エルフリートの視界には、護衛にまで花冠を作り始めた子供たちの姿が広がっている。一部の子供は護衛に稽古をつけてもらっている。


「護衛、一緒になって遊んでるね」

「……全員が全員ではないから、もともと役割分担をしているのではないか?」

「そっかぁ……」


 ぽつりと、ロスヴィータがエルフリートに念を押す。


「刺繍、待っているからな」

「う……うん。がんばるよ」


 花冠を乗せて子供たちと笑い合うヘカテイアを見守りながら、エルフリートは刺繍の事を考えるのだった。

2024.9.16 一部加筆修正

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ