3
配置はすぐに決まった。エルフリートたちはさっそくそれを全員に伝える。
「王妃殿下はマロリー、アレクシア王女はバルティルデ、アストレア様はエイミー、メリッサ様はシャーロットとリリー、メレディス様はアイリーンとドロテ」
「本当は新人同士を組ませないんだけど、私たちは護衛の一部だから大丈夫。でも気を抜いたらだめだよ?」
パートナーと顔を見合わせ、ロスヴィータに向き直る。ペアの組ませ方はルッカが代理で彼女たちを率いていた時と同じだから、連携に関しては問題ないだろう。
生死を分ける戦場でペアを組み、生き残ってきたのだ。
彼女たちがうまく連携をとって護衛をするという事に不安はない。
……問題があるとすれば、マナーなんだよねぇ。
エルフリートはこっそりとシャーロットを見る。一番不安なのは彼女だった。まだ、初級のテーブルマナーすらできていないらしい。
最低限中の最低限、挨拶と立ち姿はできているのだが、どうにも細やかな事が苦手のようで、進みが悪いのだ。これにはマロリーも不安そうにしていた。まあ、大丈夫だよね……?
「警備には参加しないが、配置に関しての情報は覚えておく事。配置は直前に連絡する。それまでは、護衛としての動きの訓練とマナー習得がメインになる」
ロスヴィータの説明に、新人だけではなくエイミーも顔色が悪くなる。エイミーも心配な事があるみたいだ。エルフリートはこの打ち合わせが終わり次第、彼女に声かけする事を決める。
「現時点ではこのくらいしか情報がないから、まだぴんとこない人もいるかもしれないが、何か質問はあるか?」
「マナーの習得、最低ラインはどこですか……?」
おそるおそるといった様子で手を挙げ、質問したのはエイミーだ。
なるほどね。マナーが不安って事かぁ。
ロスヴィータは一見和やかそうに、しかし厳しい口調で答える。
「知りたい気持ちは分かる。だが、エイミー。最低ラインを伝えたら、そこを目標にしてしまうのではないか?」
「うっ」
「そういう甘えた下心のある質問は受けないよ」
「すみません……」
エイミーは見る見る内に萎んでしまった。かわいそうだが、ロスヴィータの言う事はもっともだ。不可能な事を言っているわけではないのだから。特にマナーについては前から習得する事が決まっている。
マナーが生活の一部になるまでは大変なのは理解しているが、今回は何もありとあらゆるマナーを覚えろと言っているのではない。乗り越えられないような話ではないのだ。
「だが……そうだな。私ならば、この国に滞在している外交官に見られても恥ずかしくない姿にはなりたいと思うだろうな」
「レベル高すぎでは……」
ロスヴィータのヒントに、余計情けない顔をするエイミーがちょっとだけかわいそうになった。バルティルデやマロリーは、それをただ眺めている。
二人はフォローして甘やかす気持ちはないらしい。
エルフリートは逡巡する。自主的に考えて動く事は大切だが、それを補助してくれていた同期のルッカがいない今、前と同じスタンスでエイミーを指導していくのは難しい気がしたのである。
ここは一番甘そうな自分が出た方が良いだろう。エルフリートは少しだけロスヴィータにすり寄り、口を挟んだ。
「エイミー、外交官が王族を護衛する私たちを見る時って、どんな時だと思う?」
エルフリートの助け声に、エイミーははっとしたように目を開いた。
「挨拶の時? 食事の時? 式典への移動中かもしれないね。でも、私たちは王族の護衛をしているよね」
「……その通りです」
「私たちは、王族と同じ振る舞いをする?」
「しません」
ようやくエイミーの頬に赤みが戻ってきた。
「じゃあ、護衛の私たちに必要なマナーは何か分かった?」
「王族と接する瞬間の礼儀作法、護衛中の姿勢、表情など……ですね?」
「うん。そんな感じ。そうだ。王妃様が慰問する予定に合わせて、見学させてもらおうか。きっと参考になるよ」
エルフリートがのほほんと言えば、ロスヴィータが隣で頷いた。さすがは頼りになる騎士団長。
「研修として慰問についていけるか確認してみよう」
希望が見えてきた、とエイミーだけではなくシャーロットたちの表情も明るくなった。マナー、そんなに苦労するような話なのかなぁ。次期辺境伯として育てられたエルフリートには理解できない悩みである。
そんな疑問はあるものの、全員の気力が戻ってくるのは悪くない。エルフリートは笑むのだった。
突然の話だったからか、翌日の養護院への慰問に同行する事が許可された。あくまでも、同行であり見学でも護衛としてでもない。女性騎士団員は揃って制服を身にまとい、護衛の後からついて歩く事になる。
ただ後ろを歩くだけだからと気を抜いて歩くようなら、密かに指導しなければならないだろう。そんな事をする騎士はいないだろうけれど。
「しっかりと学び、本番でミスのないようにお願いするわね」
「はっ」
「かしこまりました」
王妃であるヘカテイアがたおやかに笑む。養護院の慰問とあって、比較的動きやすさを考慮したドレスを身につけている。相変わらず豪華だけど。
「さあ、行きましょうか」
彼女のその一言で、王妃の養護院慰問が始まった。
2024.9.15 一部加筆修正




