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しばらくすると、見るからに大盛りといったトレイを両手にジュードが向かってきた。ルッカは予想通りすぎて、小さな笑いが漏れた。
「なんだよ。悪いか?」
「いいえ。ありがとう」
「おう」
ジュードは丁寧にトレイをテーブルをに置く。食べきれるか不安になる量がそこにはあった。ふわふわのオムレツが二つ、ゆで卵も二つ、野菜はサラダボウルになっている。体を作る気満々といったメニューが笑いを誘う。
「食べられるかしら」
「あまったら食べてやるよ」
「……最初からそれが目当てなんでしょう」
「バレたか」
「ばればれよ」
どちらからともなしに笑い出す。彼を待っている間の居心地の悪さは簡単に吹き飛んだ。本当に彼はムードメーカーだ。
ありがたい事だ。ジュードはおどけた仕草でルッカを笑わせてくる。
「俺の為にもしっかりと残してくれ」
「そんな事を言われるとがんばって食べる気になるわね」
「ひどいな」
「ふふ、ひどいのはどっちだか……」
和やかに応酬を繰り返している内に、好奇心のような視線はますます増えた。そんなに注目されるような事だろうか、と己の左腕に視線を投げかける。
もちろん返事はない。
「どうした、痛むか?」
「いいえ。食べるのが不便だなって思っただけよ」
人の視線が気になったとは言えず、それっぽい言葉を返す。すると向かい合って座っていたジュードは、椅子ごと近づいてきた。
何をするつもりなのかと見守っていれば、彼はルッカのトレイに手を伸ばし、料理を刻み始めたではないか。
「ほら、食べさせてやる」
一見、親切なように見えるが、これは完全にルッカをからかっている顔をしている。いたずらっ子のような笑みを浮かべ、楽しそうにフォークを刺したベーコンでルッカの唇をつつく。
ジュードの世話の焼き方の方が目立つ。
「んむ」
仕方がない。ルッカは笑いながらその肉を食んだ。
かりっとした食感と同時にじわりと油が口の中に広がる厚切りベーコンは、実はルッカの大好物だ。今まで焼いただけの厚切りベーコンを食べた事のなかった彼女は、寮生活が始まってから知った新しい味の虜になっていた。
油が多いからたくさん食べると体に良くない。そう分かっていても食べたくなってしまうのが、これの味だ。どうにも癖になる。
「はい、野菜」
「ん……」
ルッカは差し出されたレタスを食べる。ドレッシングはかかっていないが、ベーコンの塩気が口の中に残っているから問題ない。もぐもぐと無言で咀嚼しているルッカの隣で、ジュードが自分の朝食の続きを始めた。
ルッカのそれとは相変わらず段違いの速度につい笑みが漏れる。
「俺の食べ方、変か?」
「いいえ。そうであれば向こうにいる時に指摘しているわよ」
「それもそうか」
「それよりほら、食べろ」
ルッカはその後もジュードの手で食事をさせられてしまい、余計に視線を集めるのだった。
ジュードをつれて自室へと戻る途中、女性騎士団のツートップとすれ違った。
「ルッカ! 昨日はよく休めた?」
「はい。ありがとうございます」
「ジュード、ルッカを頼む」
「もちろんです」
ルッカがエルフリートと会話をしている隣で、ロスヴィータとジュードの会話が始まった。
「あなたがきちんとルッカを見ていてくれれば私も安心だ。彼女の顔色が良いのは、昨日の判断が正しかったからだろう」
「今の俺はルッカの為だけに生きているからな。当然の事だ」
ロスヴィータは小さく笑う。
「もう、本当にルッカの騎士になってしまったな。陛下が残念がるだろうに」
ロスヴィータの言葉がちくりと刺さる。だがそれはエルフリーデのふざけた乱入でうやむやになった。
「私はロスの妖精さんだよぉー」
「分かっているとも。フリーデ」
「ふふ、ロスは私の王子様だもんね」
エルフリーデはことりとロスヴィータの肩に頭を傾け乗せる。いかにも可愛らしい様子に、ロスヴィータがでれっとした顔をする。周りはあまり気が付かないだろうが、彼女の顔を見慣れたルッカからすれば、でれでれである。
気がついた当初は困惑したが、今はもう慣れた。
「そうだとも。ああ、ジュード。ルッカの世話は本当に助かるが、ちゃんと自分の任務もするんだぞ」
ロスヴィータはエルフリーデの頬を軽くつつきながらジュードを簡単に窘める。ルッカは状況がおかしすぎて何とも言えない気分になりながら、己を支える彼を見た。
ジュードは全く動じていない。ロスヴィータたちの不思議な言動にも、任務をないがしろにするのは良くないと窘められているという事にも、全く意に介していないように見える。
「任務は半分以下になるよう直談判中だ。それと、ルッカ復帰の手伝い役として立候補をしている。心配してくれてありがとう。俺は大丈夫だ」
何だかジュードは本気でルッカをサポートすべく、既に動いているらしい。彼の本気度は常に一定で、ルッカは彼が心の底からそうしたいと望み、動いているのだとより強く実感するのだった。
きっと大丈夫。己の今後に対する不安が消え去る事はないだろうが、みんながいるから大丈夫。ルッカはジュードの得意げな顔を見て、そう思うのだった。
2024.9.11 一部加筆修正




