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久しぶりの自室に戻ってきた瞬間、ルッカは崩れ落ちるようにベッドへと転がった。不在時の管理をメイドに任せていたから、ほこりっぽさを感じる事はまったくなく、むしろ出かける前と変わらぬ状態だ。
ようやく帰ってきたのだ。そんな気持ちがじんわりと湧き出してくる。仲間と合流できた時とは違った感慨深さがあった。
目を閉じ、深呼吸をする。
これからやらなければならない事は山積みだ。まずは運動しても問題ないレベルまで体を回復させる。それと平行して義手の設計。どうやって義手と肉体を繋げるか、思い通りに義手を動かす為の仕組み、完成までの道のりは長い。
設計したところでうまく動く保証はない。試行錯誤の日々が続くだろう。だが、ルッカはもう絶望していなかった。魔法騎士としての復帰を支えてくれる、応援してくれる仲間がいるからだ。
せっかく作るのならば、装飾性も高くて格好いい義手にしたい。ルッカはそんな事を考えている内に思考が濁っていくのだった。
「ルッカ、起きるんだ」
「んんん……」
聞き慣れた声に鈍い反応を示す。
「おい、しっかりしてくれ。そもそも何でこんな姿で寝ているんだ」
「――ジュード?」
ルッカはぱちりを目を開いた。女子寮に、どうして男がいるのか。
「起きてこないから、心配になって来てみれば。ってとこだ」
あれからルッカは着の身着のまま、眠ってしまったらしい。何となく状況を理解した彼女は、のろのろと身を起こす。
ジュードの隣には侍女のロザリーが申し訳なさそうな表情で立っている。ジュードとルッカが二人きりにならないようにという配慮なのか、元々ルッカの介助をする為に訪れていた彼女と合流したかのどちらかだろう。
初めて見る組み合わせだなと思いながら、ルッカはロザリーに小さく微笑んだ。彼女はほっとしたらしく、表情が軟らかくなった。
向こうで療養していた時と同じようジュードに仕切られていく。今日から本当の新しい日常のスタートだ。ルッカはジュードの小言を聞き流しながら立ち上がった。
「体調を崩していないのなら良い。外で待っているから、支度をしてくれ。朝食の時間だ」
立ち上がってすぐによろりとするのを見越してジュードが支える。今日はよろけなかった。支えていた手がすうっと離れていく。
「分かったわ。少し待っていて」
「急がなくて良いからな」
「はいはい」
ジュードはひらりと手を振って部屋を出ていった。
「お嬢様、お召し替えは」
身を清めると、彼女は私服と制服を見せながら聞いてくる。私服は動きやすさを重視したもので、ルッカの状態に合わせて彼女が選んだのだと分かる。
「制服で」
「かしこまりました」
だが、ルッカは反射的に制服にすると答えた。せっかくだが、制服の方が動きやすさに関しても優秀な作りだし、何よりも気を引き締めるのに一役買ってくれる。
今のルッカにとって、騎士団の制服は精神安定剤のようなものだった。
しばらくは袖が邪魔にならないように、制服の形も変えないといけないな。ルッカは侍女に制服を着せてもらいながら思う。また制服を改造して、と言われてしまうかも。
あのやりとりができると考えると、ちょっと楽しい気分になってくる。
「今度、制服のデザインを変えるから、人をよこしてくれる?」
「かしこまりました。本日中に手配いたします」
「悪いわね。ありがとう」
「いいえ。とんでもございません」
彼女は、ルッカが最初から左腕のない人間であったかのように慣れた手つきで、てきぱきと制服を着せて袖が邪魔にならないようにまくり、固定してくれる。
そういえば、ドレスアップする時にはいつもロザリーが侍女集団の中にいた気がする。それだけ腕の良い侍女なのだろう。
「ロザリー。これからしばらく、私付きなの?」
「その通りでございます」
暗めのブロンドがきっちりとまとめられている頭を見ながら話しかける。ちょうど作業が終わったらしく、彼女は頭を上げた。
「そう。しばらくよろしくね。普段の生活はジュードがだいたい付き添ってくれるから、彼と仲良く私を支えてちょうだい」
「かしこまりました」
ラピスラズリのようなはっきりとした青い瞳の彼女は、ぺこりとお辞儀をして一歩下がる。鏡に映った隻腕の少女を確認し、ルッカは小さく頷いた。
「それじゃあ、食事に行ってくる」
「行ってらっしゃいませ」
ロザリーが扉を開ければ、廊下で待っていたジュードがルッカの制服姿を見て嬉しそうに口をゆるめた。
「ここの朝食、久しぶりだなぁ」
「そうね」
「いっぱい盛ってもらおう」
「……私の分は普通の量にしてよ?」
「おう、任せなって」
大盛りにされそうだな、と思いつつ先に一人席へ座る。
片手でトレイを持ち、突然バランスを崩しても邪魔になるだけだ。それならばジュードに甘えてしまった方がこの場にいる全員の為になる。
おとなしく待っていると、ちらほらと視線が飛んできた。きっと、隻腕になったという話が騎士団の中で広がっているのだろう。気にならないと言えば嘘になる。だが、気にしていても仕方のない事でもあった。
2024.9.10 一部加筆修正




