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王都の入り口とも言える正門に、女性騎士団員が揃っていた。こんな歓迎を受けるとは思ってもいなかったルッカは、目を見開いて馬車から飛び降りた。
「みんな……っ!」
ルッカがよろけると分かっていたジュードも慌てて飛び降り、すぐに彼女を支える。
「ルッカ、おかえり」
そんな様子を優しい目で見ながら、ロスヴィータが手をさしのべる。ふらりと吸い寄せられるようにルッカが動き、そのままロスヴィータに抱きしめられた。
「元気そうで良かったよ。ほっとした」
「隊長……」
ロスヴィータの抱きしめ方は、毛布でくるりと包み込んでくれているような安心感があった。ぎゅっと抱きしめるでもなく、ただ優しく軽い感じで、気負わなくても良いのだと言われているかのようだ。
思わず、ルッカが団長ではなく隊長と呼んでしまうくらいに。
ルッカは、彼女が自分の事をすぐに復帰する部下として扱ってくれているのだと感じた。ちょっと怪我をして帰還できなかっただけ、そんな風にルッカが思えるように、という配慮だろうか。
じんわりと目が熱くなる。
「ルッカ、これから忙しくなるよぉー」
ぽんぽんと軽く頭を撫でながら、ほんわりとした口調でエルフリーデが言う。女性騎士団副団長の彼女が言うのだから、きっと何かが水面下で進んでいるのだろう。
そして、その何か、はルッカにとって悪い話ではないのだ。
「ジュードからね、ルッカが前向きに義手を作るつもりらしいって話を聞いたの。だから、ロスヴィータから陛下に苦情を伝えて許可をもぎ取ろうと思って」
「……はい?」
どうやら決定事項ではないらしいが、何だか不穏な気配がする。不穏というよりは不遜というか……不敬……? ルッカが戸惑っている間にも、エルフリーデはそのふんわりした見た目に似つかわしくない話を進めていく。
「陛下は、新人投入が意味ないと分かっていて、消耗するだけだと知っていて、騎士を使い捨てにしようとしたんだよ。特に人数が少なくて、入団して間もない騎士が、どんな目に遭うかなんて、分かっていたはず。
時間稼ぎだとしても、さすがに批判されて良いと思うの。女性騎士団が投入されたのは、女性騎士団トップが別件で不在だと思われない為って言ってたんですって。戦略としては正しいけど、ひどいと思わない?」
「え、えぇ……まぁ……?」
ルッカを抱きしめているロスヴィータが彼女を止めない辺り、二人の意見は一致しているのだろう。ルッカは戸惑いながらも、小さく同意する。
「ルッカは才能があるし、こんな事でダメになって良い人間じゃないし、そもそもこんな事、悔しいじゃない」
エルフリーデの声が次第に震えていく。
だが、泣き出しそうな感じではない。むしろ、気合いが入りすぎて、という事のようだ。
「ルッカがやりたい事、やりたいと思っていた事ができなくならないように、ロスが頑張るから」
「フリーデが、じゃないところが笑えるよな」
バルティルデが小さく笑うと、エルフリーデも笑った。
「うん。私には権力がないから、ロスに頑張ってもらうの。私にできる事は、いつも通りに過ごしながらみんなを支える事だからねぇ」
「副団長……」
「何か困ったら言ってちょうだい。魔法研究は私も得意だから」
「マリン先輩」
エルフリーデの肩越しに、マロリーが顔を出す。エルフリーデと比べて彼女の身長は低いからつま先立ちをしているようだ。
「あーん、マリン重いよぉー!」
「うるさいわね。私の頭一つくらいどうって事ないくせに何を言ってるの」
じゃれ合い始めた二人に、ルッカはほっとした。何も変わっていない。いや、腕はなくなったが、自分の居場所は残っていた。
「ルッカ。体調がよければ……あ、あと聖者の許可がもらえればだが、また訓練をしよう。義手を作るのはもちろん大切だが、体がなまってしまうのではもったいないからな」
ブランクのないようにしようと提案してくれるロスヴィータに、彼女が心の底からルッカの完全復活を望んでいるのだと実感する。胸の底から、じんわりと温かな力が湧き出てくる。
「復帰の話をして前向きなのは良い事なんだけど、ひとまずルッカの体調が万全になるまでは全部ダメだからな」
「ジュード」
少女たちの輪に割り込むようにして、ジュードが現れた。いや、最初からルッカのすぐそばにいたのだったっけ。ルッカはジュードが自然に気配を消していたのに気がついた。
「ジュードってば、もうすっかりルッカの従者だねぇ」
エルフリーデの感心する声を聞きながら、ルッカをロスヴィータの腕の中からやんわりと抜け出させたジュードは、彼女がよろけることのないようにしっかりと支える。
「俺は今、この中で一番ルッカに詳しい自信がある。最近のルッカは少し疲れやすいんだ。そろそろゆっくりしないと、明日は熱が出る」
「おや、それは大変だ。早く休ませてあげないとな」
「ちょっと、ジュード。私はもう大丈夫なのに」
思いがけない言葉にルッカは反応した。だが、ジュードは譲らない。
「明日熱が出て、復帰が遅れるのは嫌だろう?」
「それはそうだけれど」
「ならば、休むしかない。ほら、行こう」
ルッカの腰を支えているジュードの手に力がこもる。確かに、早く体調を整えるには、無理は禁物だ。視線が下に落ちる。
「ルッカ、また明日ね!」
おとなしくしていたエイミーが大声を上げた。弾かれたように頭を上げれば、エイミーはいつもと変わらない元気な笑みで手を振っている。
「うん。また明日」
相棒の元気な姿に、ルッカは笑顔で返事をするのだった。
2024.9.9 一部加筆修正




