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妖精と王子様のへんてこマーチ(へんてこワルツ3)  作者: 魚野れん
妖精と大熊、本領を発揮する
6/87

5

 深夜どころか早朝まで続いた打ち合わせは、中身の濃いものとなった。ブライスによる小隊の行動予測を元に、罠の設置や誘導方法についてを話し合った。途中、先発隊になるであろう人員が捕まった時の対策として正規兵をほとんど使わないかもしれないというバルティルデによる懸念が上がった。

 言われてみればその通りである。正規兵がメインであれば、兵士たちの勝手な行動ですとしらを切りにくい。切り捨て、また切り捨てられる覚悟を持って乗り込んでくる可能性は高い。


 正規兵のみで行動する場合「訓練中に遭難した」という手が使えるから、そこまで悪手という事はないが。言い訳など、いくらでも思いつく。一番やっかいなのは、傭兵が小隊に組み込まれている場合であろう。

 騎士は全員悔しいと思うべきだが、傭兵の方が実戦に強い傾向がある。場数が違うのだから当然の事である。しかも、生き抜き続けているのだ。それは簡単な事ではない。

 数多くの戦場を渡り歩けば、不利な状況もあっただろう。それを覆してきた彼らは、確実に手強い。今回の話に乗るような傭兵は普段から危険な端を渡っているか、危険を認識できない未熟な人材のどちらかだ。


 未熟な人間は、逆に予測不可能な動きをする事があるから甘く見てはいけないが、熟練者はもっと危険だ。隠密行動に自信があるのかもしれないし、見つかっても切り抜けるだけの実力があるのかもしれない。

 いずれにせよ、簡単に考えていると痛い目を見る事になるだろう。という事で、より緻密で柔軟性のある計画を立てるのに時間がかかってしまったのだ。

 限界まで打ち合わせをしていた面々は、打ち合わせ場所としていたエルフリートの来客室を兼ねた居間部分で仮眠をとる結果となったのである。


 寝不足で重だるい瞼を擦り、周囲を確認する。他の面々がまだ眠っているのを確認したエルフリートは寝室に戻った。もちろんムダ毛の処理をする為だ。エルフリートはどんな状況であっても、これを失念するわけにはいかない。

 これだからお嬢様育ちは、とか言われようが何だろうが、絶対に外せない作業である。元から身だしなみは気をつけたいタイプである上、エルフリートの事情を知らない人間がすぐ近くにいる限り、男性的な要素は可能な限り見せてはいけないのだ。

 さっさと処理をしたエルフリートが部屋に戻ると、アイザックが柔軟体操をしているところだった。


「おはようございます、フリーデ」

「おはよう、アイザック」

「遅くまで起きていたのに早いな」

「そちらこそ」


 二人はそっと笑みを交わしあう。

 アイザックはエルフリートと同じく、あまり無精ひげが似合うタイプではないようだ。体毛がモカブラウンに近いダークブラウンのブライスと違って、赤毛なのが彼を小汚く見せているせいかもしれない。

 エルフリートは手に持っていたタオルを一枚アイザックに渡す。そして不思議がる彼をよそに、早口で祈りを捧げて魔法を行使した。一瞬の内に蒸しタオルとなったそれに驚くアイザックへ説明してやる。


「顔だけでもすっきりしたらと思って。それ、使ってください」

「器用だな……」


 半ば虚ろな感嘆の声に会釈したエルフリートは、次の準備に進んだ。そろそろ目覚め始めるであろう彼らへのおもてなしである――と言っても、飲み物を提供するくらいしかできないが。

 エルフリートが飲み物をすぐに淹れられるよう準備する背中に「あー……気持ちいぃ」とおっさんのようなアイザックの小さな声が届く。気の抜けたため息に、思わず笑みがこぼれた。


「なんだい、そのおっさんみたいな声は……」


 バルティルデのけだるそうな、それでいてからかいを含んだ声がし、アイザックがなにやらもごもごと言い返していた。が見た目も相まって説得力はなさそうだ。

 だが、バルティルデは追求してまでからかう気はないらしく、彼の言い分を無視してロスヴィータを起こし始めている。


「ロス、起きな」

「んん……」


 もぞもぞと人の動く気配がする。エルフリートは湯を沸かし、朝の一杯にふさわしい紅茶を淹れ始めた。バルティルデに倣ってアイザックはブライスの体を揺する。


「ブライス、ほら起きろ。ぐーすか寝てるんじゃない。ここはお嬢さんの部屋なんだぞ」

「……あぁ?」

「態度が悪いぞ、隊長サマ」


 ブライスは寝起きが悪いのだろうか。目が覚めているかは別として、しっかり起き上がったロスヴィータとは真逆で、ブライスはソファにもたれかかったままだ。

 エルフリートが紅茶をテーブルに給仕し終わろうという時になって、ブライスの頭がようやく上がる。その顔は寝起きにしてはしっかりとしている。ロスヴィータの方がぼうっとしているくらいだ。


「おう、おはよーさん」

「おはよう、ブライス」


 雄っぽい雰囲気が増していて、同じ男として負けている気分にさせられる。エルフリートには必要ないからと削ぎ落としてきた部分でもある。完全にないものねだりであった。

 受け取ったタオルで顔を拭き、エルフリートの淹れた紅茶を飲み、ブライスが笑う。


「これで俺たちは晴れて熱い夜を共に過ごした仲って奴だな」

「誤解を生むような発言はやめようって何度言ったら……!」


 アイザックの苦労性な叫びが室内に響く。女性が三人もいれば、一人くらいは赤面しそうなものだが、赤面するどころか全員がアイザックの反応に耐えきれず、破顔してしまうのだった。

2024.8.5 一部加筆修正

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