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王都へ到着する直前、移動中最後となる診療が始まると、マハラが真剣なまなざしで見つめてきた。何事かとルッカが身構えれば、彼は意外な事を提案してきた。
「左腕で困るような事があれば、是非ご相談ください」
「え」
「義手を着けるならば、微調整が必要だという事ですよ」
「……なるほどね」
ルッカは己の途中までになった左腕に視線を移動させた。
包帯をほどかれ、露わになった患部はルッカが思っているよりも綺麗になっている。聖者が魔法で癒してくれているからだ。いつか、この断面の先に新しい手がつく。そしてその時が、ルッカの騎士としての再出発となる。
義手に詳しくない彼女は、マハラから分かりにくいものの義手についての説明を受けていた。切断面に義手を当て続ける為、その箇所が悪くなる事があるらしい。その件だろうと思っていた。
だが、どうやらそれとは別件のようだ。
「義手が合っているかどうか、そういうのは見慣れている我々の方が力になれると思います。ぴったりに作ったつもりで、実はきつかった、とかもありますし。場合によっては、人間の腕を変える必要もあります。
試作品でもなんでも、それっぽい形になる前でもご相談ください」
「とりあえず、まずは普通の義手を知りたいから、落ち着いたらお邪魔するわ」
「もちろん歓迎します」
人間の方を義手に合わせる、というのは不気味な言葉だ。彼が言うのだから、きっと過去にはそういった例もあったのだろう。
「あなたの現状、傷の経過は良好です。傷口を綺麗にするところまでしか、魔法ではお手伝いできませからね。断面が盛り上がって、不思議な柔らかい先っぽになるまでは安心できません」
「あなたの言い方、ちょっと分かりにくいわ」
「よく、同僚にも言い回しが変だと言われます」
何度めになるか分からないやりとりをし、二人は笑った。
「……それにしても、あなたは本当にお強い」
「そう?」
「ええ、そうです。同じ馬車にいる騎士の中で、ダントツです。しっかりと前を向いている。それだけの能力があるからかもしれませんが、同じような状況で絶望したままの仲間がどれだけいる事か」
騎士として生きていけなくなる事への恐怖だけではない。日常生活すらままならぬ恐怖は一生ついて回る。やれる仕事だって限られる。生きていく事が不安になるのは当然だ。
ルッカだって、その恐怖から抜け出したわけではない。ただ、目標を作って、そこへ突き進もうとしているから、立っていられるだけだ。
「ジュードが支えてくれるから、彼が目標を見つけてきてくれてたから、前を向いていられるだけよ」
ジュードは不思議な男だ。まじめだが、つかみ所のない、社交的な人間で……ルッカの不安や恐怖を吹き飛ばしてくれる。
「あなたは良い相棒を手に入れましたね」
「――そう、なるのかしら」
「何か不満でも?」
聖者の質問に、ルッカは言いよどんだ。
「話して楽になるならば、言ってしまいなさい。我々聖者は、患者の秘密を必ず守るように誓約していますから、安心して楽になってしまいなさい」
マハラは聖職者のような穏やかな顔で言い放つ。その姿が何だか頼もしく感じられ、ルッカの口は勝手に開いた。
「私がジュードの命を助けたのは良いの。その代わりに腕を失った事で、ジュードの未来を変えてしまったのではないかと思って、私のせいで人生を狂わせてしまったような気持ちになってしまう事があるのよ」
「そういう事でしたか。まあ、いずれにしろ彼の人生は狂うのですから、気にする事はありませんよ。このままではあなたが疲れてしまうだけでしょうね」
「え?」
包帯を巻きながら、彼はとんでもない事を言う。驚きすぎて、ルッカはまじまじと彼を見つめてしまった。
「だって、あなたが助けなければ死んでいたんですよ。死ぬか、誰かの為に人生を捧げるか、どちらかしか選べないのならば、たいていの人間は後者を選ぶと思います。
だから、彼の今の生き方は最善なのですよ。それをより有意義にさせてあげられるかどうかはあなた次第です」
マハラの言葉は、ルッカの胸にすとんと落ちてきた。そういう考え方もあるのか、そう自然と受け入れる事ができた。
「あなたが幸せでいる事、そして彼が良い人生だったと思えるように導く事、そちらを考える方が楽しいと思いますよ」
「マハラ……」
「それに、本人がどう思っているかは知りませんが。あなたの左腕に対して彼だって負い目を感じている可能性があります。だから、あなたが幸せそうに生きているだけで、彼も幸せを感じているかもしれませんよ」
言われてみれば、そうかもしれないとも思う。義手が完成した暁には聞いてみよう。今はまだ余裕がないから難しいが、ジュードが後悔しない人生を送る為、ルッカなりにがんばってみるのも良い。
ルッカは包帯を巻き終わったマハラの手をいたわるように右手を添えた。
「ありがとう。おかげで前向きに生きていく目標が一つ増えたわ」
「生き甲斐は、何個あっても良いと思います」
マハラはルッカの言葉に、嬉しそうに頷くのだった。
2024.9.7 一部加筆修正




