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妖精と王子様のへんてこマーチ(へんてこワルツ3)  作者: 魚野れん
傭兵と王子様と妖精と……

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8

 エルフリーデは、なぜかブライスとアイマルを交えてテーブルに着席していた。本来ならば、ロスヴィータと二人、喫茶店で菓子を楽しんでいるはずだったのだが、偶然にも二人と鉢合わせしてしまったのだ。


「今日のフリーデ嬢は少し……いや、何でもない」

「二人は買い出しか?」


 アイマルの気を逸らすべく、ロスヴィータが話しかける。エルフリーデは初対面の男に、とりあえず微笑み返しておいた。


 アイマルの隣に座るブライスが微妙そうな顔をして息を吐く。

 その態度から、エルフリーデは兄のエルフリートからでは得られないアイマルの情報がありそうだと感じた。


「ほぼ身一つでこの地に来たから、生活用品一式を選ぼうかと思って」

「見知らぬ土地に一人放っておくわけにもいかねぇから、俺がついているってわけだ」

「そっかぁ」

「なるほどな」


 ブライスが視線で何かを訴えてくる。が、何も分からない。


 そもそも話を隠したい相手と思われる人物が近すぎる。しかし、どうしても彼は伝えたい事があるらしい。

 エルフリーデは余計な事を話さない為にも、こっそりとブライスと話す必要があるなと思案する。


「そうだわ。レオも呼ぶ?」


 良いアイディアだ。彼にアイマルの相手をしてもらい、その間に話を聞けば良い。


「レオ……?」


 アイマルが首を傾げると、ブライスが割り込んだ。


「レオンハルトって男だ。フリーデの婚約者で、彼もカリガートへ行っていたが、一足先にこちらに戻っていたんだったか。今日が非番なら良いがな」

「婚約者」


 目をぱちくりとさせたアイマルは、突然年齢よりも幼いように映った。そんなにエルフリーデの婚約が意外だったのだろうか。いや、これはエルフリーデを少なからず“良い”と思っていたからだろう。

 エルフリーデは頷く代わりに目の前のスイーツへフォークを差し込んだ。フォークが何の抵抗もなくすうっと差し込まれていく様子は、エルフリーデの目を楽しませる。


 今日のケーキは堅めのムースが挟まれたカシスとチョコレートだ。

 カルケレニクスではチョコレートを安価で手に入れる事が非常に難しく、故郷では滅多に食べられない味である。だから、つい、喫茶店でデザートを頼む時にはチョコレートの使われているものを食べてしまう。

 口に含めれば、ふんわりと甘い香りとカシスの酸味が広がった。


「少し待っていろ。すぐに戻る」


 咀嚼中で口の開けないエルフリーデに声をかけ、ロスヴィータがすっと立ち上がって店舗から出ていった。窓ガラス越しに、彼女が誰かと話している姿が見える。


 どうやら今日は護衛をつけていたらしい。

 エルフリーデが一緒だからなのだろうか。兄と出かける時にそんなものはついていなかったと思うし、少なくとも今まではついていなかった。

 エルフリーデが信用されていないのか、ロスヴィータの護衛を単純に増やしただけなのかは分からないが、何となく胸の奥がもやもやとして気分が悪い。


「ロスはレオを呼ばせに行ったようだな」

「うん」

「……手間をかけさせたな」

「ううん。アイマルには早く馴染んでもらいたいもん。ロスだってそう思うからこその行動のはずよ」


 しおらしく目を伏せるアイマルに、エルフリーデは声をかける。


「ありがたい事だ」

「これから、長い仲になるんだもの。当然だよ。ね、ロス?」


 ちょうど戻ってきたロスヴィータに声をかける。彼女はゆったりと席に座り、鷹揚に頷いてみせる。


「そうだとも。我々は、もはや家族も同然だ。支え合い、そして高め合う存在にならねばな。互いを尊重しあう事は必要だが、変な遠慮は無用だ」


 ロスヴィータが言うと説得力がある。エルフリーデは頼もしい未来の姉に、とろけるような笑みを浮かべた。

 彼女は本当に兄の理想そのものだ。


「ロス……」


 凛としているし、まっすぐな心根がすばらしい。女性らしさは欠けるが、本人らしくあればそれで良い。エルフリーデはエルフリートとして活動する時間が長くなれば長くなるほど、男女差について思うようになってきていた。

 今のエルフリーデは男であり女である。兄の陰としての生活には制約があるし、本来の姿も兄の陰のようになってしまっている。


 そう言葉にしてしまえば、エルフリーデという存在がどこにもないような印象を覚えるだろう。

 だが、それはある意味エルフリーデがエルフリーデらしく生きている事を意味してもいるのだ。経験できないはずの事ができるようになったからだ。やりたくてもできなかった、性別のせいで届くはずのなかった職務。


 たとえ、ごく身近な仲間や親類以外には兄の陰としてしか認識されなかったとしても、構わない。ただ、自分の力だけでは成し遂げられなかったのが少しだけ悔しい。

 ロスヴィータは、両親からは反対されていたと聞く。なのに、こうしてエルフリーデの隣で堂々と騎士として立ち回っている。今だって、戦場で唯一生き残った残兵でもあるアイマルを迎え入れている。

 きっと、エルフリーデにとってのロスヴィータは、兄とは別の方向性であるが、永遠の憧れとなるだろう。


「おい、また王子様に夢中か?」

「あっ、ごめん。つい、ロスが素敵すぎて……」


 ブライスの呆れ声で我に返る。彼は声とは裏腹に、兄によく向けているらしい、困ったような優しい眼差しを向けてくる。ブライスの良く知る“エルフリーデ”ではないと気がついているにも関わらず、そんな顔をしてくるとは。

 兄への感情をこじれさせてややこしい事になっているらしい彼に、エルフリーデはそっと笑みを返した。

2023.9.3 一部加筆修正

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