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無言で眺めていると、やがてブライスは長い息を吐いた。本音を言う気にでもなったのだろうか。
「正直、俺は部下や敵を数としてしか見ないような傾向が、自分を含めたすべての命を軽く見ているように思えて不安だ」
ブライスの言葉にアイマルはどきりとした。その事に自覚があったのだ。国土を広げる為、国の命令に従って侵略戦争を行い続けていた。いろいろな国を侵略した。
すべての国を傘下に入れた帝国の決まりに則り、隣国に手を伸ばし続けた。
結果、アイマルの上司や友人、仲間が散っていき、残ったのは自分の命と国からの賞賛だった。アイマルに残されたのは、文字通り身一つだけだった。
決して、アイマルの人間としての感情が失われたわけではない。だが、人間の命に向き合う時にある種のストッパーがかかるようになった。アイマルの精神が砕けないように、死というものに対して鈍感になったのだ。
「……その指摘は、もっともだ。俺は、戦場での死を見過ぎた。
異質な考えなのは分かっているが、ガラナイツで遊撃兵として駆け抜けるのには必要な考え方だった。悪いが、これからはその感覚がおかしいのだと、都度教えてほしい」
魔獣の上、不安定な体勢で見つめる。アイマルより数歳ほど年上だと思われる彼は、視線を逸らさずにじっと見つめ返してきた。
アイマルの中に、元々はそうではなかったのだという確証を探すかのようだ。アイマルは自分のすべてを見せるような気持ちで、ブライスの次の言葉を待った。
「ガラナイツにいるより、幸せな人生歩ませてやるよ。だから、命は大切に思って良い。
数字なんかじゃねぇんだって、お前の体に染み込ませてやるから安心しろ」
目元をほころばせ、ブライスが小さく笑った。案外優しい顔をする。アイマルは包容力のある彼に、過去の上司を重ねた。元上司とは、第二騎士団団長だった男だ。ブライスよりも更に年上だった。
クストディオという名の男は、たいそうアイマルを可愛がってくれた。
彼のおかげでアイマルが生き残ったと言っても過言ではない。彼が、アイマルに生き抜く為の能力を授けてくれたのだ。
戦場では、ほとんど背中を任せあいながら戦った。戦争には必ず駆り出される第二騎士団。アイマルを含めた全員が遊撃兵として参加した。戦況を有利にして、次の戦場へ向かう。戦場を転々と移動する日々を過ごしていた。
戦い方、精神を安定させる方法、生き延びる為に必要なありとあらゆる知識、それらは実際に戦場へ行くとまったく無意味な知識に感じられる場面が多々あった。
ほとんどの場合が、知識をうまく使いこなせていないからだった。躓くとクストディオが助けてくれた。自分がどんな状況であっても、アイマルを見捨てずにいてくれた。そんな男に、目の前の男は似ている。
「一つ、変な頼みをして良いか?」
「……叶えられるものならな」
クストディオとの思い出は、グリュップ王国に向かう直前の戦争で途絶えた。最後の最後で、彼は死んだのだ。今となっては共にグリュップ王国へ侵攻た末に、殺し合いをするよりはましだったとも思ってしまう。
だが、彼の死がアイマルの心へ深い傷を負わせた一件だというのは確かだった。
「俺より先に、戦場では死なないでくれ」
「なんだそりゃ」
「俺は、お前より先に死にたいと思うからだ。死ぬなら、俺を見送ってからにしてほしい」
本気だった。嘘でもかまわなかった。それさえ約束してくれれば良い。アイマルは心の底からそう願った。
茶化すような表情に変化したのは一瞬だけで、アイマルが本気で言っているのだと悟ったブライスはすぐに態度を改めた。
「口約束で良いなら、良いぜ。俺とお前は、これから長い相棒になりそうだしな。だが、俺と誰かを重ねるのはやめてくれよ」
「……俺は、ただ、クストディオ団長みたいな最期が見たくないだけだ。重ねてなどいない」
「ふぅん……?」
どこか信じ切っていない様子を見せながらも、ブライスは口をつぐんだ。
アイマルは前に向き直り、周囲を見回した。ガラナイツ国から、だいぶ遠ざかっている。完全に異国だった。文化は大きくは変わらないが、雰囲気がまったく違う。
常に戦争中であるガラナイツ国は、殺伐とした雰囲気がどの地域にも少なくとも存在している。グリュップ王国は、基本的に戦争を行っていない国だ。国内だけである程度がまかなえるせいもあるだろう。
身近に迫る死という空気を全く感じさせないこの国は、アイマルの目にとてもまぶしく映った。
「ブライス、お前はクストディオ団長とはぜんぜん違う。団長の方が上品で、荘厳な雰囲気のある立派な方だ」
「おい」
「お前は、粗野という言葉が似合う。野生動物みたいで威厳はないが威圧力はある……つまり、面倒見が良いところくらいしか似ていない」
「……」
今にも小突かれそうだ。アイマルはその前に、と口を開く。
「俺は、そんなブライスとなら、グリュップ王国の魔法騎士として、新しい自分になれる気がしている」
「――そうかよ」
今にも襲いかかってきそうな気配は消え、代わりに頭をぽんぽんと撫でられた。
2024.8.31 一部加筆修正




