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妖精と王子様のへんてこマーチ(へんてこワルツ3)  作者: 魚野れん
妖精と大熊、本領を発揮する
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4

 すべての質問に答えきると、ようやくブライスが視線を向けてきた。


「フリーデ」

「うん」

「お前に足りない分を、俺が補ってやるよ」

「足りない分」


 瞬きながら彼を見つめれば「人間相手のゲリラ戦への知識と考え方だよ」と軽い口調で言いだした。


「罠が張りやすい、罠に気づきにくい、そこまではプロだ。だが、隠密行動中の人間の動きや、訓練された人間がどう危険を察知し、行動するのかについては素人だろ。

 俺はそこを補ってやれる。まあ、一つのルートを説明すればどういう事か分かるだろう」


 ブライスは地図の中で一番険しいルートを指で示した。とんとん、と叩かれた地図が揺れる。


「ゲリラ戦の基本は、着実に敵を減らしていく事だ。隙をついてしとめていくわけだが、それを罠だけでやろうというのはかなり厳しい条件となる。

 隊長格には危機察知能力も高い人間を充ててくるはずだ。そうなると、危険を察知して撤退を実行する前に罠で捕らえるのは更に難易度が高いという事が分かるはずだ。

 それを可能にさせるのが、隊長の心理をトレースする事だ。彼らがどのタイミングで警戒し、油断し、疲労し、隙を作るのか。それが読めれば難易度は一気に下がる」


 ペンでルートの一部に丸い印を入れていく。そしてペンを地図に向けたまま話し始める。


「このルートで、隊長の緊張感が高まるのがこことここ。疲労が最大になるのがここだ。敵国に侵入する瞬間、見晴らしの良い場所まで到達した瞬間、そして一瞬の緊張の途切れを最後に適度な緊張感が維持される」


 エルフリートは、ブライスの説明を聞きながら考えていた。


「疲労が最大というのは、このルートがかなり険しい道程になっているのを加味した予測だ。疲労は人間の判断力を低下させる。緊張と疲労が高まるとミスしやすいんだ。

 だから、一番の狙いどころはここ」


 見晴らしの良い場所に到達する直前を示す。岩場が続く場所で動物用の罠は仕掛けにくい。そんな事を考えていると、ブライスが意外な事を言いだした。


「だが、俺ならその少し前から仕掛ける」

「えっ?」


 エルフリートの声ににやりといたずらっ子のような笑みを向ける。ペン先がクルガン領を抜けた辺りから一番の狙いどころと言われた道中に小さなバツを数個刻んだ。


「この辺りで一人ずつ脱落させ始める。おかしいぞ、そう思わせて緊張感を煽る」

「精神的な疲弊を回復させる隙を与えず、異常な緊張状態を維持させるのね」


 彼は頷いた。


「そうだ。戦闘状態にいつなるとも分からない場所で一人ずつ部下が減っていくのは、かなりの恐怖を伴う。叫んで探すわけにもいかない。探している猶予もない。原因の分からない懸念材料を抱えて前へ進むしかない。

 減っているが、戦闘にはならない。ただ部下が脱落しただけかもしれない。だが、敵の手に落ち、殺されたのかもしれない。不安は膨らみ、彼らを蝕む」


「そんなにうまく行くかな?」

「意外とな。相手が、俺たちが正々堂々と向かってくると完全に思い込んでいるから使える手なんだが」


 正々堂々……。エルフリートの怪訝そうな顔をブライスが鼻で笑う。


「俺たちは正規軍じゃない事になる。だからどんな動きだってできる。相手に想定外、を与え続けるんだ」

「罠を張って、無音を維持する為に引っかかった人間を都度都度回収していく気?」


 それをするとしたら、結構危険な行為だ。常に張り付いていなければいけないし、罠に一人ずつ誘導させる必要もある。


「俺の部下ならできるぜ。昔、やらせた事がある」

「……無茶苦茶じゃん」

「俺の部下ならできる、が合い言葉なんだよブライスは……。俺や他の奴らがどんな思いでそれをやりきるかなんておかまいなしさ」


 やさぐれた声が後ろから届く。ブライスの副官をするのは大変そうだなぁ。


「とにかく、だ。これはかなり効果的だぜ。仕上げはここだ。ここで恐怖を最高潮にさせてやる」

「ええ?」

「混乱してるって言ったって、動ける場所は限られてる。だから予測が簡単だ。最終的に行き着くはずの場所は、ここと――ここくらいしかない。

 ほらよ、これで一網打尽だ」


 確かに、地図を見る限りでは、咄嗟の判断で急いで移動するとしたらブライスが指摘した通りになるだろう。

 でもちょっと、えげつないんじゃないの? やられる側の事を考えるとげんなりしてしまう。

 エルフリートは性格の悪いプランを示す彼を見つめた。


「何だよ。効果的な案だと思わねぇ?」

「思うけど……」

「命を奪わずにやるんだ。多少えげつなくたって、確実にやり遂げる事が大切だ。それはお前も分かっているはずだ」


 ブライスの言う事はもっともだ。卑怯で、最低なプランで穏便に済ませられるのならば、これ以上はない。ぐ、と押し黙ったエルフリートに困ったような笑みを送ったブライスは、口を開いた。


「それが泥を被るって事よ。じゃ、他のルートの場所な。具体的な罠の種類はその後考えようぜ」


 その言葉には、ブライスなりの今までの経験が滲んでいる気がした。

2024.8.5 一部加筆修正

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