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ガラナイツ国の完全敗北の話はすぐに広がった。そして、アルフレッドの引き渡しも迅速に行われた。条件としてアイマルの生きている姿をしっかりと証明する事を求められたが、それくらいだった。
戦勝国とはいえ、アルフレッドの引き渡しを含めたすべてのグリュップ王国側からの提案を受け入れさせたのだから、交渉役はきっと優秀だったのだろう。
グリュップ王国からの提案は、賠償金、関税の条件変更、アイマルの引き抜き、そしてアルフレッドの引き渡しである。負けたのが侵略者側であった事も相まって、特に関税の条件は厳しいものを提案していた。
一時金である賠償金を得るより、長期間に渡り利益を得られる関税条件の方を優先した形だ。
「さて、アイマル。これからは俺たちの同僚になるわけだが、気分はどうだ?」
ブライスが相乗りしているアイマルに話しかけている。もちろんエルフリートの相乗り相手はロスヴィータだ。エルフリートは大きめの男二人を乗せたまま颯爽と走る魔獣の姿に関心しつつ、彼らの会話に耳を傾けていた。
「悪くはない。周囲がどんな目で俺を見るか、気にならなくはないが、それは仕方のない事だしな」
「そうか。まあ、杞憂で終わるだろう。ガラナイツ国とは、そんなに大きな文化の差はなかったかと思うが、食事は大丈夫か?」
ブライスは、部下に接する時のような気さくさと包容力でアイマルに話を振っていく。
「少し薄味に感じるが、食べれなくはない。ガラナイツは香辛料が多めに使われるからな。香辛料を大量に使う国と比べたら、グリュップとガラナイツの差など、微々たるものだ」
「へぇ……向こうの料理で好きなのあったら教えてくれ。俺も食べてみたい」
「台所を貸してくれれば、作っても良い」
「よし。約束だからな」
「ああ」
どうやら、ブライスとアイマルの仲は良好のようだ。エルフリートはほっとした。アイマルは祖国に戻って処刑されても良いと言っていたが、そんな未来は嫌だった。
処刑という未来を示したのはエルフリート自身である。にも関わらず「彼の処刑を望まない」と言う事は、「どの口でそんな事を」と彼に罵られても当然の事であった。
アイマルはエルフリートに対して今のところ、一言も罵らない。
それは作戦を共に練ったロスヴィータにも、実行したグリュップ王国騎士全員にも、同じである。アイマルは、誰にも恨み言などを一切漏らしていない。
エルフリートとロスヴィータはその事に感心していたが、ブライスは少し考えが違うようだ。
「実力者しかつけられねぇしなぁ……女性騎士団は少数精鋭だから貸し出しできない、となるとまあ、俺じゃなくてもむさ苦しくはなるか。しばらくは俺が目付役になるから、我慢してくれ」
「ちょうど良いくらいだ。助かる。他の奴だといろいろ気を使う」
「それもそうか」
ルッカが療養中の今、女性騎士団は人員を減らす事ができない。そうでなくとも、異性が目付役になるのは抵抗があるだろう。
ふと、目の前の影が揺らぐ。
緊張がようやくほぐれて眠くなったのか、ロスヴィータがうつらうつらとし始めている。腰をさりげなく支えた。
「ガラナイツの侵攻やその後の混乱で大けがをした騎士が多数いると聞いたが、そちらは大丈夫なのか?」
捕虜として生活させられていたアイマルは、グリュップ王国側の被害状況を把握していない。そして同僚になるとブライスは言ったが、国王に忠誠を誓うまでは正式な人間ではない。
あくまでも、ガラナイツ国から戦後処理で引き取った捕虜という扱いに近かった。どこまで詳細に教えて良いのか、絶妙なところである。
「怪我人は少なくないし、普通に死者だっている。けど、まあそんなもんだ。重傷者は状態が安定したら王都に移動する事になってて、軽度の怪我をした騎士の方は引き上げている」
「戦後の処理があった人間だけが残っていたのか」
「ま、そういう事だ」
ガラナイツには、戦を再開させるメリットはない。アイマル以外全滅の憂き目にあったのだから、余力もないはずだった。アイマル自身もカリガート領から離れている。
ブライスが公開した情報は、誰が知っても問題ないレベルのものである。エルフリートはブライスが態度の割に、緊張感を持ってアイマルに接しているのに気がついた。
「この地にずっと人がいても食い扶持が多いだけで何もしてやれないしな」
「ああ、あそこは宗教都市だったか」
「何かをしてやろうにも、向こうが嫌がるからなぁ……ほとんど独立国家状態だ。だから、戦争が終わったらさっさといなくなった方が喜ばれるってわけだ」
ブライスが溜息混じりに言えば、アイマルは軽く頷いている。そう言えば、ガラナイツ国は数年前に宗教国家の領土を一部奪い取っている。それを思い出しているのだろう。
「国の騎士として、領地を食い荒らす事は本望ではないから、適切な判断だろう。ブライスや今同行してくれている騎士の引き上げが遅くなったのは、俺のせいだろうか。悪かったな」
「良いって。連戦で気の抜けない日々が続いていたから、良い休憩になったさ」
「そうか、なら良い」
アイマルは頑丈な魔獣を慈しむように一撫でし、小さく笑むのだった。だからこそ、エルフリートにはブライスが何を警戒しているのか、まったく分からなかった。
2024.8.29 一部加筆修正




