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エルフリートの暴走を止めて一息つくと、アイマルが口元を歪めて小さく笑っていた。
「ここが戦場ではないみたいだな」
緊張感に欠けるとでも言いたいのだろうが、あいにくもう敵はいない。捕虜の前で仲間同士の取っ組み合いを見せたのだって、捕虜がアイマルだからだ。
彼でなければしなかった。
「突然話題変えて悪いんだが、うちの国の奴がそっちに何か言ってきたんだろ。何を提案してきたんだか知ってるか?」
「……」
怪訝そうな顔に変わるアイマルを見て、これは知らないなと察する。
「情けねぇ話なんだがよ。王位継承権を剥奪された元貴族が、周辺の国を煽って歩いてんだ」
「これ以上攻め込まれるのは国民の生活に悪影響だから、今回で終わりにしたくて」
「……それで、徹底排除か」
アイマルが納得したように頷く。ガラナイツ兵は何も悪くない。
アルフレッドがガラナイツ国の上層部を焚きつけたのが悪いのだ。
「グリュップ王国の人間が関わっているかは知らないな。ただ、貴賓はいた。それがお前たちの言っている人物かもしれないが、断定はできない」
ガラナイツ国にまだ滞在しているという確約はないという事か。ブライスは単身で潜り込み、あの男を引きずり出してやりたいと思った。
いい加減にお遊びは終わりにさせたい。
「――もし、その人物が今回の件の提案者だとしたら、まだガラナイツにいるはずだ」
「む?」
「ガラナイツ国は、立案者に責任をとらせる。だから、結果が分かるまでは逃亡しないように監視されているはずだ」
思案するブライスに向けられたアイマルの言葉が本当なら、望みはある。ブライスはエルフリートに小さく目配せした。こころなしかほっとした様子を見せるエルフリートの肩をとんと撫でる。
「そっかぁ……」
「アルフレッドだったか。いったいどんな男なんだ?」
アイマルはベッドの上であぐらをかき、肩肘をついた。
「自己中心的な最低男よ。ロスと似た色を持っているわ。彼女よりも少し派手な金髪に、薄いブルーグレーの瞳で、軽薄そうな雰囲気をしているの」
「王位継承権は下から数えた方が早いお人だったんだが、欲をかいてロスを誘拐して手込めにしようとしたんだ。それから、嫌がらせのような魔獣捕獲の依頼をしてきたり、ロスの婚約者――ああ、フリーデの兄だ。彼を誘拐して王族しか入る事を許されない場所に置き去りにしたり、周辺国へグリュップ王国への侵略行為をけしかけたりしたりと迷惑をかけまくって、廃嫡になった。
一番の迷惑は、これだな。ガラナイツ国も可哀想に。おかげで被害者かつ関係者であるロスとフリーデはあちこち振り回されっぱなしだ。俺たちは別の国が着火しそうだったのを防いでから、ここに来たんだぜ」
ロスヴィータを誘拐の時点で眉をひそめたアイマルは、ブライスが言葉を重ねるほど剣呑とした表情になり――最後にはかわいそうな人を見るような目でエルフリートとブライスを見た。
「……そちらも大変だったな」
「ううん。気にしないで。最小限の犠牲に留める為に、さんざん卑怯な戦法を取らせてもらったから……むしろ、巻き込まれた側のあなたたちに同情するよ。でも、攻撃してきたのはそちらだから、それなりに責任はとってもらうけど」
「アルフレッドの引き渡しと、アイマルがこちらの陣営に下る事を容認させる……とかな」
アルフレッドに振り回されている被害者であるとはいえ、彼らにとってブライスたちは加害者側でもある。ブライスの同情は、ほとんど被害者側である人間が向けるものではない。
アイマルだって被害者であり加害者である。
敗者となった今では、彼の方が被害者である面が多い。
にも関わらず、こうした感情を向けてくる事に、ブライスは彼の人間としての思考がどこか普通とは異なるのだろうと思い至った。それは、彼が傭兵のように戦場を渡り歩き続けてきたが為に形作られた、特殊な思考なのだ。
バルティルデも生死感というか、戦場における考え方に人間味を感じすぎるとブライスが違和感を覚える事があった。あまりにも命を平等に考えすぎるのだ。
だから、味方敵が関係ない。生きたか死んだか、それが彼女にとっての区別になるように思えた。
エルフリートはバルティルデに諭されたと思っているようだが、本来、味方の命の方に重きを置いてしまうのは人間の性だ。それを真っ向から否定するのは、ある意味危ういといえる。
それと似たような危うさを彼に感じた。エルフリートはそういう違和感を覚えていないらしく、単純に彼の事を潔い人間だと思っているようだが。
「私ね。アイマルみたいに、今できる最大限の事を実行できる人間になりたいの。どうすればなれるかなぁ?」
「お前はそのままで良いと思うが」
「そうかな」
「ああ。俺を真似したらきっと後悔する。自分らしくあれ、だ。フリーデ」
アイマルはエルフリートの問いに、苦笑しながら答える。エルフリートは不満そうだが、ブライスはほっとした。
アイマルが自分の思考を他者へ推奨しないあたりに、ブライスは彼なりの良心を感じたのだった。
2023.8.29 一部加筆修正




