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妖精と王子様のへんてこマーチ(へんてこワルツ3)  作者: 魚野れん
傭兵と王子様と妖精と……

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46/87

1

 エルフリートは深夜、アイマルを見張るブライスの前へ姿を現した。


「おう、どうした?」

「……私、この戦争で自分がいかに矮小な人間なのか、未熟な人間なのか、思い知ったんだ」

「……」


 珍しく弱気を吐き出す少年に、ブライスは口を閉じた。少女と見紛うほどの可愛らしさを持つ彼に憂いの表情が入ると、この世のものとは思えない美しさが滲む。


 少し前までは少女であると疑ってもいなかった存在は、今でもブライスの中で複雑な情愛の炎がくすぶっていた。

 おそらく、これはブライスにしか見せない表情だ。エルフリートとは生涯をかけての親友になるのだろうという思いはあるが、こういう部分を見せられると独占欲が沸き上がりそうになる。


「今さらだな。フリーデはたまたま実力があるから上に立つ者をやっているだけで、本当ならばようやく新入りを抜けようって頃だ。未熟に決まっているだろうよ。

 今のところ、お前は家族外で俺の優先度第一位の特別枠だ。何でもお兄さんに話してみろ」


 ぽんと軽く頭を撫でてやると、エルフリートは少し驚いた表情を見せ、そしてほっとしたように肩の力をゆるめた。


 くそ、可愛いんだよな……。ブライスは目を閉じて彼の可愛らしさに未だに心を揺らす自分に蓋をする。

 抱きしめて、撫でて、可愛がってやりたい。相手は男だが。そんな気持ちは絶対に表に出してなるものか。


「ブライス、私ね……上に立つ人間としての心構えが欠けてるなって、覚悟が足りていないなって、ロスやヘンドリクスを見て思ってしまったんだ。

 そして、戦場での命の平等さを失念している自分の事をバティに指摘されて、人間として未熟だなって気がついてしまった」


 エルフリートはブライスを見つめ、話し続ける。彼の瞳は潤み、近くの明かりを受けて輝いている。いつの間にか、エルフリーデの口調からエルフリートの時の口調に変わっている。

 ブライスしかいないからと、彼は己の柔らかい部分を晒しているのだ。


「能力があったって、すべてを解決できるほどではない。なのに、驕ってしまったのだよ。

 私は、愚かだ……」


 少女にしか見えなかったその顔から、少年らしさが浮き上がっている。中性的な美しさは、自然とブライスの喉を鳴らせた。

 深く沈ませていたはずの、彼に対して思いを寄せていた自分と、真剣に彼の悩みを聞いてやろうとする自分が混濁しそうだった。


「自分が責任を持つ、と部下に宣言をして安心させてやる事もできない。部下が無事で良かった、怖かっただろう、もう大丈夫だと慰めるだけで話を終わらせてしまい、敵の命を奪った事に対する心構えを説く事もできない。

 本当ならば、そうして人を導くのが上に立つ者の役割なのに」


 ブライスは彼をそっと抱き寄せた。これ以上弱っているエルフリートの姿を見続けると、自分の何かが壊れてしまう気がした。

 エルフリートが言った言葉は、確かに正論ではある。だが、それと同時に高望みでもある。まだ二十年も生きていない若者に、そこまでを求める方が酷だ。


 ロスヴィータが上に立つ者としての考えを持っているのは、王位継承権が形だけとは言え存在しているからだろう。もしかしたら念の為の教育を受けていたのかもしれない。

 そしてバルティルデが人間の命の平等性や命の責任について、考え方が成熟しているのは戦場を渡り歩く傭兵経験があるからだ。


 逆にロスヴィータはエルフリートと同じようにおそらく部下を甘やかしただろうし、バルティルデは上に立つ者としての覚悟は持っていなかっただろう。


 エルフリートは領主として、バランス良く育てられたに違いない。ブライスはその教育を受けていないが、兄の姿は見ている。覚悟は植え付けられているはずだが、国と領では規模が違う。

 緊張感を強いられるロスヴィータの方が一歩成熟していても不思議ではない。


「フリーデ、自分を見失うなよ」

「え……?」

「最終目標はそこでも良いがな。トップの覚悟はロスが持っている。戦士としての考え方はバルティルデが持っている。

 フリーデ、お前が今誰よりも持っている能力は何だ? お前にしかできない役割があるはずだ。それは何だ?

 まずはそこを生かせ」


 エルフリートは、はっとしたように肩を揺らした。軽く抱きしめているせいで彼の三つ編みしか見えないから、表情は分からない。だが、そっと抱きしめ返してくれた様子から、彼がブライスの言葉に何かを感じたのだけは分かる。

 これで彼が復活してくれれば良い。ブライスはそう思いながら背中をとんとんと撫でる。


「……ブライス、かっこいいね」


 すらりと長いエルフリートの両腕がブライスを抱きしめる。ブライスが気を使って空けていた隙間を彼が埋めてくる。

 ほのかに感じる程度だった彼の体温が、しっかりと伝わってきた。


「まだ俺の隣は空いてるぜ?」

「ふふ、分かってるくせに……まだ言う?」


 彼が笑う揺れが、ブライスに切ない気持ちを思い出させる。だが、ブライスが好きになった“エルフリーデ”はまがい物なのだ。


「まぁな。しばらくは我慢してくれ。傷は浅くねぇんだ」

「ごめんね。私の一番は別の人のものなんだ」

「分かってるさ。みんなの妖精さん」


 ブライスが惜しむようにゆっくりと体を離せば、彼は照れくさそうに笑っていた。

2024.8.27 一部加筆修正

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