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エルフリートとキャンベルが先を歩き、その後ろをロスヴィータとバルティルデがついていく。
「ロス、良かったねぇ」
「……バティ、ありがとう」
ロスヴィータの言葉にバルティルデは小さく笑った。バルティルデと年齢はそう離れていないのに、彼女は戦争に関して言えばロスヴィータとは経験が雲泥の差だった。彼女はロスヴィータの年齢の時には既に傭兵として一人前だったというのだから恐れ入る。
彼女にとって、死というものは身近な存在だった。敵には与え、味方は見送る。そんな戦場での生活が長かったのだ。ルッカたちと合流するまでの間に、ロスヴィータはそれを身に染みて理解した。
囮として戦場を移動していた時にロスヴィータのすぐ目の前で、魔法に倒れる騎士がいた。グリュップ王国騎士の鎧を破壊して突き抜けた氷の刃を見れば、彼がほぼ即死であったと分かる。
だが、ロスヴィータはそれを瞬間的には認められなかった。
「ロス、だめだ。置いていく。連れていこうとすれば、被害が増えるからねぇ」
冷たいようだがバルティルデの判断は正しい。戦場で、ロスヴィータにできたのは目立つ事だけだった。ロスヴィータにしかできない役割があるのだ。それを放棄するわけにはいかなかった。
止まってしまいそうになるロスヴィータをうまく操縦したのはバルティルデである。
「勇敢と無謀は違うよ。あの騎士たちは諦めな。運が良ければまた会える」
「行くんじゃないよ。旗印がうろうろしたらどっちにも迷惑だ」
「ここは駆け抜ける! 囮ではなくただの的になりたいのかい!?」
冷静な意見、叱咤、その他いろいろ。ロスヴィータはその度に己のいたらなさを知り、バルティルデの言う通りに動いた。
「ロス、落ち着いて」
「すまない」
「初めての戦争なんて、そんなもんさ」
肩をすくめてさらっと言うバルティルデは、いつもと変わらない。変わらずにそこにいる、という行為が戦場ではいかに難しいか、ロスヴィータはそれを強く感じていた。
「あたしらにできるのは、この作戦を遂行する事だけ。あんたはそれだけ考えていれば良いのさ」
「……本当に、ありがとう」
バルティルデの足取りは軽い。敵兵が同士討ちをして混乱していく場へ向かっているというのに。どんな状況にも臆せず正しい判断を下していく彼女を頼もしく思いながら進んでいくと、血の臭いが強まっていく。
鉄錆の香りを感じ、思わず眉根を寄せる。魔法騎士ばかりで構成されているガラナイツ軍の同士討ちは、凄惨な景色を生み出していた。
魔法の爆発があったと思われる場所には、蒸発した騎士の影が地面に転写されている。よほど強い魔法だったのか、その周辺には溶けたガラスのようなものがきらりと太陽光を反射していた。
また、民家の壁には磔になったガラナイツ兵や、切り刻まれた時に飛んだと思わしき血痕が飛び散っていたりしている。臓物の生臭さも相まって、空気が淀んでいるように感じられる。
正直、ロスヴィータは吐き気を覚えていた。
「はぁ、派手にやってるねぇ」
間延びしたバルティルデの場違いな雰囲気が、異様だった。
「我らが小熊に祝福の盾を」
エルフリートの言葉が言い終わるのと間髪空けずに流れ星のような攻撃魔法が降り注いできた。雷のような矢はエルフリートの作り出した盾に次々とぶつかり、全て吸収されていく。
美しいが、とても恐ろしい光景だ。ロスヴィータは安全だと頭では分かっていても口元がひきつるのを止められなかった。
「私たち、リボンつけてるのになぁ……? もう、みんな錯乱中なのかな?」
「こうなるようにしむけたのはフリーデじゃないか。随分と白々しい」
けろっとしているエルフリートにバルティルデが軽口を叩く。
「無差別に魔法を使うのは悪手だよ。こういう場面に陥ったら、まずは身を隠して結界を張るべきなのに。そうして自分の身の安全を図って、状況が落ち着いてから動くのが良いよ」
「あんたの精神魔法がそれを許していないんじゃない?」
「まあ、そうなんだけどね」
確実に同士討ちをするように精神魔法を組んでほしいと頼んだのはロスヴィータだ。魔法の中身に文句を言うのは間違っている。が、一言文句を言いたかった。
「よくそんな軽口がたたけるな……」
「だって、私は覚悟を決めたから」
ロスだってそうでしょう? と言われ、はっとした。そうだ。ロスヴィータは己の提案した作戦が残酷な結果をもたらすと分かっていた。そして、それを見届ける為にこの場へ残ったのだ。
「それに、私のは軽口じゃないよ。ただの感想。正直、私だって自分の作戦がうまくいきすぎて怖いよ。采配一つで、作戦一つでこれだけの数の命をもてあそぶ事ができるだなんて、今まで考えてもみなかったもの」
「すまない。私こそ軽率だった」
「ううん。素直でまじめなところがロスの良いところだもん」
追い打ちをかけるかのように今度は炎の矢が降り注ぐ。だが、それもエルフリートの作り出していた結界に吸い込まれ、行き場を失った残り火がその表面を撫でた。
「ロス。ここにいる私たち全員がガラナイツ兵の屍の上に立つんだって事、魂に刻みつけておこうね」
さっきまで会話を弾ませていたバルティルデも、会話に加わる事なく周囲を警戒しているキャンベルも、そしてロスヴィータもゆっくりと、確かに頷いた。
戦場を背後にしたエルフリートが悲しそうに笑む姿は、こんな時でも美しく見える。儚げでいて芯のある、人外を思わせる姿を見たロスヴィータは、無性にこの戦場にいる全ての人間に対し、地に伏して謝りたいという気持ちに襲われた。
2024.8.24 一部加筆修正




