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妖精と王子様のへんてこマーチ(へんてこワルツ3)  作者: 魚野れん
戦場の妖精と王子様

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8

「さっそく効果が出てるな」


 一番最初に気がついたのはキャンベルだった。人差し指で示した先に、戦闘を知らせる爆発が起きていた。


「無差別攻撃をしかけている人がいるように見えるんだが……」


 ロスヴィータが眉を寄せる。リボンを身につけていない人間を敵だと認識するような精神魔法だと聞いていたが、錯乱させるものだとは聞いていない。


「どうだろうな。敵に囲まれている状態だと思い込むわけだから、混乱の精神魔法なんて使わなくたって錯乱状態に陥る人間はいるだろうよ」


 ふん、とバルティルデが鼻で笑った。確かに彼女の言う通りである。自分以外が敵ならば、自分以外が死ねば良い。そう考えたのならば、味方に当たるかもしれないなどと遠慮をする必要はない。

 ロスヴィータが思っているよりも、エルフリートの考え出した作戦は恐ろしいものだった。


 徹底的に、とケリーに頼まれたものの、この戦いでガラナイツ軍を壊滅させると決めたのはロスヴィータである。計画は実行され、こうして効果を発揮している。

 ロスヴィータは魔法を使わない人間だから、そういう機微に疎い点がある。想像がそこまでいきつけないのだ。やりすぎ、という言葉が頭に浮かんだ。だがこれも、グリュップ王国を守る為だ。

 ロスヴィータは浮かんできた言葉をぐっと飲み込んだ。


「なかなかすごいな。こっちにも火の粉が飛んできそうだ」


 キャンベルの感嘆した声が聞こえ、はっと現実に戻る。ロスヴィータが物思いに耽っている間、魔法攻撃の応酬で派手な火花や爆発が生まれる様子を観察していたらしい。


「あの爆風に巻き込まれたら痛いだろうな……」


 マロリーの特訓で騎士の盾として成長したキャンベルは、緊張感のない様子で戦闘地帯を眺めている。彼からすれば、もう魔法は怖くないのだろう。

 一定距離より近づいてくる気配があれば、すぐに移動しようとバルティルデに目配せする。


 実は、エルフリーデたちが考案した精神魔法には一つ大きな欠陥がある。それは、敵味方関わらず精神魔法をかけざるを得ないという点だった。

 今はリボンをしている人間しかいないから問題ないが、このリボンをしていない相手をはっきりと目視できる距離になると非常にまずいのだ。そういう魔法だ、と分かっていてもリボンをしていない人間を見たら強い緊張を覚えてしまうらしい。


 精神魔法は強制的に人の精神を左右したりするものだ。分かっていたら抗える、という単純なものではない。だからこそ、この策を提案したのだが。

 つまり、ロスヴィータたちが彼らと接近したら、あの混戦に自分から巻き込まれに行く可能性がある。逃げるという選択肢を選ぶ可能性もあるが、その時になってみないとロスヴィータにも分からない。

 どんな判断を下す事になるか、自信がないのだ。少人数でこの場に残っているのも、そのリスクを極限まで減らす為だった。


「少しこちら側に戦線が広がってきている。下がるぞ」


 そろそろ撤退した騎士たちが精神魔法を解いてもらっている頃だろうか。ロスヴィータは下がりつつ、あと少しで合流できるだろう婚約者を思い浮かべる。

 ロスヴィータたちの精神魔法を解きに応援をよこすと言われていたが、誰が来るかは聞いていない。

 おそらく女性騎士団の誰かだとは思う。きっと、撤退してきた騎士たちの状況によって判断するのだろう。魔法騎士はとても便利な存在だ。自身を強化できるから、様々な状況に適応できる。


 移動だって、馬を使わなくとも同じ速度を出す事もできる。身体への負担を調整するのが大変だから、滅多にしないそうだが。

 恐慌状態に陥った誰かが遠距離魔法を放ったらしい。ロスヴィータが魔法の気配を感じ取る前に、キャンベルが動いた。彼がすっと剣を凪ぐと、霧のようにかき消えた。


「近いな。もう少し下がろう」


 ロスヴィータの言葉に二人が頷いた。そんな時、背後からこちらへ向かってくる音が聞こえてきた。爆発の振動でほとんど分からないが、おそらく魔獣に乗った味方である。


「ロス!」

「フリーデ?」


 音のする方を見ていると、民家の陰から見覚えのある銀糸と鎧が太陽の光を浴びてきらめいているのが見えた。魔獣の方も見覚えがある。ベティだ。貴重な魔獣を囮役の足に使うのはもったいないとして、彼女は出陣を見合わせていた。

 馬用の厩舎に詰め込まれ、窮屈な時間を過ごしていたのだろう。とても生き生きとしている。


「魔法、解除するね」


 ベティに乗ったエルフリートは近づくなり、ロスヴィータたちにかけられた精神魔法の解除を行った。正直、何かが変わったような気はしなかった。


「みんなが生き残ってくれて嬉しいよ。ロス、バティ、キャンベル、囮役をしてくれてありがとう」


 生き残って、という言葉からエルフリートがルッカの件を知っているのは明らかだった。彼は魔獣から降り、三人を順番に抱きしめる。鎧同士がぶつかる音だけが、戦場である事を忘れるなと教えてくれる。

 あえてルッカの事に触れない彼の優しさが、ロスヴィータを切ない気持ちにさせる。


「これで近くまで見に行けるね」


 意気揚々、という言葉がぴったりの声色が聞こえ、ロスヴィータの意識をすぐに切り替えた。エルフリートが現れた理由が分かった。彼はただ優しいだけの男ではなかったのだ。決して、ルッカの事があったから来たのではない。

 彼は優秀な魔法剣士で、そして余力がある。だから、疲弊しているキャンベルの代わりに護衛を務めるつもりで、この場に現れたのだ。


「……ああ、助かるよ」


 ロスヴィータはありがたく、彼の気持ちを受け取る事にするのだった。

2024.8.21 一部加筆修正

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