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妖精と王子様のへんてこマーチ(へんてこワルツ3)  作者: 魚野れん
戦場の妖精と王子様

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6

 感覚を鈍くさせる魔法具で強烈な痛みを無理矢理押さえ込み、目的地へ向かう。その間にジュード――左手と引き替えに助けた騎士――が止血帯を巻いてくれた。氷で患部を凍らせているからあまり意味はないが、この状況で血が止まりにくいのを考慮しての事だろう。

 確かに、腕を上げて血の巡りを――などとしている余裕はない。ルッカはジュードに支えられるようにして、黙々と走った。


「ルッカ!?」


 エイミーの悲鳴を聞き、ようやく混戦からいったん離脱できたと知る。金属音や爆発音で騒がしい喧噪の中、彼女の気配が近づいてきた。


「そ、それ」

「話は後で。それより、順調……?」


 痛みを感じにくくなるが、他の感覚も鈍る。ルッカは精神的には落ち着いていても、肉体的にはぼろぼろだ。ふらついている姿を見て、さすがのエイミーにも問題がないようには見えなかったのだろう。


「ルッカ、結界」


 ジュードの声に反応して魔法具を使う。三人を襲おうとしていた魔法は、ルッカが展開させた結界に吸い込まれた。


「あと二回はもつわ」

「ルッカ――」

「ちゃんと引きつけられてる?」

「う、うん。大丈夫」


 エイミーの言葉を封じ、改めて状況を確認する。彼女は一瞬何かを言いたそうにし、結局ルッカの質問に答えた。


「時間は」

「問題ないわ。むしろ理想」

「なら良い。このまま、逃走の体を取る」

「ちょっと」


 心配なのは分かる。ルッカの姿は酷い事になっている。だが、ここで折れるわけにはいかない。


「応戦は最低限、ひたすら怖がって、逃げる」

「集中砲火を食らうわよ」

「大丈夫。信じて」


 そうこうしている内に、追撃が当たった。それを、結界が軋みながら受け止める。

 気がつくと、泣きそうな顔のドロテとリリーがすぐ側にいた。面頬を上げるのは危険なのに、彼女たち全員がそれを上げていた。


「左手を捨てずに持ってきたから、耐えきれる」

「ルッカの言う通りだ。やりきろう」


 ジュードがルッカの左腕を持ち上げ、己の肩にかけた。激痛が走るはずの行為だったが、精神魔法のおかげで全く感じない。


「おいっ、止まるな! 死ぬぞ!」


 女性騎士団の集合を見た騎士が集まってきた。その中の誰かが檄を飛ばす。


「行こう」


 ルッカの声に、今度こそ三人が頷いた。ルッカたち女性騎士団の動きを見習い、他の騎士も徐々に逃げの一手へと切り替えていく。ルッカは左手首に装備していた腕輪の魔法を解放した。大きめな結界である。

 大きな結界は目立つ。そこに大人数がいるのだと教えてしまい、逆効果となる場合もある。ルッカは、それを狙ったのだ。


「目立つような事してっ」


 集中砲火され、ドロテが悲鳴を上げた。遠距離は効かないぞ、早くこっちに近づいてこい。そういう挑発だと気がついていないらしい。

 非難がましい視線を送ってくる彼女らとは裏腹に、ジュードは小さく首を縦に振った。


「ガラナイツ兵から私が見えるように散らばって」


 ジュードに背後を指さし、振り返るように指示を出す。ほとんど同じタイミングでルッカを守るようにまとまっていた騎士が少しばらけた。ルッカはジュードに頼んで振り返らせてもらった。そして、左手を右手で持っているのが分かるように左手についている魔法具に口づけて、魔法を発動させる。中距離向けの攻撃魔法だ。

 こけおどし程度だが、これでこの集団では負傷兵が結界を広げられる唯一の魔法騎士であると勘違いするだろう。貴重な魔法騎士を守る為の陣営で、撤退途中なのだと思わせる事さえできれば良い。


 編成がぐちゃぐちゃになって情けなく撤退していたはずなのに、撤退の仕方が変わっている。正直、本来指示された逃げ方とは違っている。

 だが、これだけ混戦になっていれば、誰も小さな矛盾に拘るほどの余裕はない。


「もう一発」


 今度は魔法具ではなく、己の魔力を使っての攻撃だ。ごっそりと魔力を持っていかれた気がする。さらに彼らとの距離が縮んだ気もする。しかし、これでルッカが張りぼての魔法騎士ではないと証明できたはずだ。


「行くぞ」


 ジュードが無理矢理ルッカの向きを変える。ルッカも抵抗せず、素直に従った。住民の撤退した民家が見える。目的地だ。後はガラナイツ兵がこの町に侵入するのを待つだけだ。

 再び魔法具で大きな結界を張る。もはや見栄だ。ルッカはぶり返してきた痛みから逃げるように今度は精神魔法を込めた魔法具を使った。これで罠が発動するまで痛みを気にせずいられる。


「もうすぐ、合図があるはず。もう少し耐えよう」

「結界はもつ?」

「大丈夫、あと四つくらい、ある」


 リリーが結界付近までやってきていたガラナイツ兵を薙ぎ倒す。もう少し奥まで引いた方が良さそうだ。ルッカがそう判断した時、合図があった。


 それは、いかにもエルフリーデが好きそうな合図であった。

 突然この場所が精霊界にでも転移したのではないかと思ってしまいそうなほどの、美しい花々が舞い始める。騎士たちはおもむろに、配布されたリボンが目立つように工夫し始めた。

 ある騎士は兜をはずして髪飾りとして使っている様子を見せたり、また別の騎士は腕にリボンを巻き直したり、兜の装飾にしてみたり。幻影が見えている間に、グリュップ王国の騎士たちは準備を終えた。

 ――さあ、新しい地獄の始まりだ。ルッカは首に巻いておいたリボンが見えるように、なんとか引っ張り出しながらそう思うのだった。

2024.8.20 一部加筆修正

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