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魔法の使える人間全員が精神魔法の結界づくりに参加すると思っていたルッカは、想定外の配置に戸惑っていた。魔法具づくりにも精通していて、下手な魔法師よりも実力があると自負していたにも関わらず、囮組に命じられたのだ。
「勘違いされる前に言っておくけど、私は死にに行けと言っているわけじゃない。死ぬ人を減らす為に、行ってほしいの」
エルフリーデは至極まじめな表情で、しかしルッカたちを安心させるように小さく微笑みながら続ける。
「戦場に立ったあなたたちなら、もう分かっているよね。魔法の使えない騎士には、魔法士や魔法騎士の守りが必要だと」
ルッカたち女性騎士団が新人しかいないにも関わらず、今のところ大きな負傷者を出していなかったのは、ひとえにシャーロットとアイリーンの魔法とルッカの魔法具で防御を行っていたからだ。
ルッカとシャーロットが盾となって魔法を封じ、接近戦に切り替えて襲いかかってきたガラナイツ兵をエイミーとドロテ、そしてリリーの三人で切り捨てた。今日の終盤は魔力切れを起こしたシャーロットの結界が壊れてあわや、という事があったものの、協力しあって何とか生き残れた次第だった。
「囮の中心は魔法で防御のできない騎士。彼らだけで行ったらどうなると思う?」
「……任務を遂行する前に、全滅するかもしれません」
ルッカが代表して答えた。
「その通り。後は単純に魔法騎士を連れずに前線に現れたら警戒されてしまう可能性があるから、ある程度の実力を持つ騎士を前線に配置したいっていう考えもある」
生存率を高める為には、魔法騎士の随行が必要不可欠なのだ。そして、囮が囮であると気づかれない為にも。ルッカはそれを理解した。
「シャーロットとアイリーンが後方で、私が前方という采配にも意味があるんですね」
「もちろん」
エルフリーデが魔法騎士で唯一ルッカを前線に起用を決断した理由が知りたい。その思いが通じたのか、彼女はルッカをまっすぐ見つめ返してきた。
「私は、ルッカの判断力を信じている。あなたが前線で私たちの代わりに女性騎士団をまとめてくれていた事を聞いたわ。とても頼もしかったし、誇らしかった。
それに、あなたの魔法具だけど、数が多すぎてあなたじゃなきゃ使いこなせないよ。その魔法具、使い切る勢いでみんなを守ってほしいの」
「……」
「あと、落ち込まないで事実として受け止めてほしいんだけど。シャーロットとアイリーンは経験不足すぎる。囮として使うには不安があるわ。死ぬ可能性の高い人間は、前線に使いたくない
確実に死ぬと分かっていて、送り出したい上司がいると思う?」
手厳しい言葉だ。ルッカは唇を噛むシャーロットと、涙ぐむアイリーンの姿を視界の端に捉えた。
二人とも、実力があるとは思っていないのだろうが、それでも上司に戦力外だと言われるのは辛いに決まっている。
「一人でも犠牲者を減らす為の作戦だから。本当は私が前線に行きたいくらいなんだけど、魔法の発動は私が責任を持つって決まっているからできないの」
エルフリーデの瞳が告げていた。私の代わりに行ってほしいのだと。
「ロスが王族として、総団長と共に釣り餌として前線に参加する。ルッカには、一緒に出陣するエイミーたちの護衛をしてもらいたい。
ロスとバティにはそれぞれ護衛がつくから、彼女たちの事は気にしないで」
意外のような、当然のような、複雑な気持ちだった。
エルフリーデの穴を埋めるという事で、女性騎士団団長の盾として起用されるかもしれないという期待が裏切られたという気持ちが半分。
自分にそんな大役を任されたところで失敗してしまうかもしれないのだから、起用されなくて良かったとほっとする気持ちが半分。
「とにかく、新人っぽく振る舞って。ロスヴィータたちについていくので精一杯っていうふりをしていれば良いから。まあ、本気でそういう状態になる可能性は高いんだけど……。
お願いだから、死んじゃだめだよ。生きる事を諦めないでね。絶対に勝てるから」
エルフリーデは前線に出る一人一人の手をしっかりと握り、声をかけていく。生きる事を諦めない……か。
ルッカは、使う機会がないだろうと思いつつ作ってしまった魔法具を、明日は身につける事に決めるのだった。
ルッカは、過剰とも言えるくらいに着飾った。それら全て、自分が作った魔法具である。
「うわ、派手……。目立ちすぎて集中攻撃されちゃうんじゃない?」
苦笑しつつ指摘するのはエイミーだ。とはいえ、彼女もルッカが用意した魔法の使えない人間用の魔法具をいくつか装備している。そのほとんどが魔力に反応して結界が発動するタイプである。
その他にも、エイミーの持っている武器に属性魔法を付与させたり、そこそこ手の凝った魔法具を渡してある。
全て少なくとも数回ずつ発動できるように調整したそれは、そこそこの大きさの石を使う必要があった為、鎧に装着できるアンクレットになっている。
鎧側についている為、装着者の動きを制限しない。我ながらよく考えたものである。
「私は基本防御に集中するから、攻撃は頑張ってね」
素っ気ない言葉になってしまったが、エイミーは嬉しそうに頷いてくれた。絶対に生きて帰ろう。ルッカは改めてそう思うのだった。
2024.8.18 一部加筆修正




