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妖精と王子様のへんてこマーチ(へんてこワルツ3)  作者: 魚野れん
戦場の妖精と王子様

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31/87

1

 ルッカは、エイミーと共に後輩を守るだけで精一杯だった。敵を倒す、どうこうする、といった余裕は全くない。とにかく死なないようにするだけで必死だった。


「シャーリー、生きてる?」

「生きてますっ!」


 近くでぐったりと倒れていた少女から返事が聞こえ、ほっと息を吐いた。仮の上官であるギリアンが少し離れた場所で撤退の合図にもなる魔法弾を撃っている。

 魔法でできた土煙のような煙を起こすそれは、敵の視界を奪いつつ味方に撤退を促すものだった。

 何とか生き延びた。完全に安全な場所へ戻るまでは気が抜けないものの、ルッカはそう思わずにはいられなかった。


「エイミー、怪我は?」

「大丈夫……ルッカの魔法具のおかげよ。ありがとう」

「なら良いわ。シャーリーは立てる? 立てないならリリーに支えてもらって」


 撤退を許さないとでも言うかのように、近くにつららのような氷が飛んできた。視界が悪いというのに、かなりの精度だ。ガラナイツ国の魔法騎士は強い。無尽蔵かと思うくらいに攻撃の手数も多い。

 ルッカはそこそこの魔力を持っている自信があったが、彼らを前にして完全にその自信を折られていた。


 今こうして周りを気遣えているのは、今いる女性騎士団の中で最年長だという責任感が、貴族としての矜持が、ルッカの心が完全に折れる事を許さないからだ。

 同期は自分よりも位が低く、魔法が使えない騎士だ。そして後輩は言うまでもなく保護対象である。

 ルッカは、心強い先輩たちが来てくれるまで彼女たちの命に責任を持たなければならない。女性騎士団長たちが駆けつけてくれても彼女たちの命を守ろうとするのは変わらないが、精神的な重圧は軽くなる。

 それまでは、何としても自分を保たなければいけないと、折れる事を許さなかったのだ。


「結界を張るわ。数回で壊れるから、合図をしたら向こうの建物まで走って。絶対に振り向かない事」


 ルッカはシャーロットとリリーの目を見て言うと、その後ろで縮こまっている二人に目を向けた。完全に戦意を喪失してしまっている。

 無理もない。そうルッカは思いながらも厳しい言葉を放った。


「アイリーン、ドロテ。あなたたちは何の為にここにいるの? 死ぬ為じゃないでしょ? 戦う事はできなくても、逃げる事くらいできるわよね?」

「は、はい」

「……申し訳、ありません」

「死なせないわ。あなたたちが死ぬ時は、私も死ぬ時よ」

「ルッカ!」


 エイミーの咎める声は無視する。


「さあ、撤退よ。三、二、一――」


 数多く身につけている装飾物の内、強固な結界を張る事のできる耳飾り――魔法具――を投げる。使い捨てだが、その分小さな装飾品に仕上げる事のできた自慢の逸品だった。

 それが地面に落ちた瞬間、結界が展開した。


「走れ!」

「走って!!」


 新人四人がエイミーとルッカに追い立てられるようにして走り出す。ルッカは殿を務めながら、念の為に指輪に込めておいた結界を広げた。




 命辛々、という言葉は誇張表現でもなんでもなかった。必死で撤退した六人は、ギリアン隊に合流して息を切らしながらも安全地帯まで戻ってくる事ができた。

 あのあとに広範囲の遠距離魔法が降ってきて死ぬかと思う瞬間もあった。明日も同じ事をするのだと思えば、情けないが今にも震えてしまいそうだ。


「お疲れさま」

「副団長!」


 大聖堂から美しい少女が現れた。神の遣わした聖女かと思わんばかりの優しい微笑みを浮かべている。しかし、ルッカは知っている。彼女はそんな穏やかな存在ではない事を。

 女性騎士団の制服が、彼女をただの少女ではないのだと証明している。女性騎士団の副団長、エルフリーデだ。

 夕日に照らされてオレンジがかった白銀の髪がまぶしい。少し暖かみを帯びた紫の瞳は労りの色を強く感じさせた。ルッカ憧れの女性騎士である。


「あともう少し、頑張ってくれる?」

「もちろんです」


 ルッカは全員を代表して答えた。疲れているだろうが、と前置きをしたエルフリーデは大聖堂の長いすに六人を座らせた。彼女は一つ前の座席の前に立つ。


「明日、戦争を終わらせる事にしたんだけど、その作戦にあなたたちの手を借りたいの」


 さらりとエルフリーデの放った言葉に思わず腰を浮かせてしまった。今、終わらせると言った? そんな簡単に終わらせるなんて事できるわけがない。参戦しているルッカはそれを身にしみて感じていたところなのに、一体何を言い出すのだ。

 しかしエルフリーデは本心から言っているようだ。続ける言葉に迷いがないのがその証拠だ。


「とても卑怯な手を使って戦争を終わらせる。命がけの作戦になるんだけど、手伝ってくれる?」


 もう既に命がけで戦ってきた。もう少し戦ってくれと頼みたい気持ちは十分にある。だが、また命がけで戦うのか、という気持ちもなくはない。しかし、ルッカは貴族である。国の為に命を賭けるのは常識だった。


「私にできる事ならば」


 エルフリーデが語った作戦は、とてつもなく卑怯でえげつなかった。囮を使って精神魔法が発動する区域に案内し、同士討ちをさせるというものだ。

 精神魔法をかける事自体が卑怯だ。戦犯扱いされないと良いが……。相変わらず突拍子のない作戦ばかり思い浮かぶものだ。ルッカはそんな風に思いつつ苦笑する。

 引きずっていはずのた戦場での恐怖は、いつの間にか消えていた。

2022.6.21 誤字修正

2024.8.18 一部加筆修正

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