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初めての戦場。エルフリートは、本当の感情をなるべく人に覚られぬよう、表情を繕う事を己に課した。人の死を見る事で、恐怖心などが湧き出ないとは限らない。それを否定するつもりはないが、その感情を表に出す事は士気に関わる。
士気の低下は死に繋がっていく。これ以上の犠牲を増やさない為にも、エルフリートたち上官は頼もしくなければならないのだ。
「総長自らのお出迎え、ありがとうございます」
「良い。戦場では皆家族のようなものだ。それに少しでも早く打ち合わせがしたい。到着してすぐだが、構わないか?」
カリガート領で前線基地代わりに使用されているマルティン大聖堂へ到着するなり、騎士団総長のヘンドリクスが歓待の笑みを浮かべて出迎えた。王都を出る前の彼と寸分違わぬ姿は、とても頼もしく感じられる。
エルフリートもそのように振る舞わなければならない。彼につられるようにしておっとりとした笑顔を作った。
総長に案内されて小部屋に詰める。部屋に入ったのはエルフリート、ロスヴィータ、ブライス、アントニオだけで、他の騎士は司祭館に案内され、あるいは魔獣の世話をしに去っていった。
「さて。我々しかいないから、正直に言おう。現状は厳しいと言わざるを得ない」
ヘンドリクスの発言に、エルフリートとロスヴィータは姿勢を正した。ブライスは心なしか表情は険しいものの、ほとんど普段通りだ。アントニオは最初から微動だにしていない。騎士の中の騎士といった態度だ。
二人のいつもと変わらぬ態度が、少しだけエルフリートの緊張をほぐした。
「こちらの戦力の九割は魔法の使えない、あるいは多少は使えるという程度の騎士。一割弱ほどがこれから応援に到着する魔法師。魔法騎士は数える程度。
人数は我々の三分の二ほどでこちらの方が上だが、ガラナイツ国は全員が魔法騎士だ。単純に戦力として考えるならば、うまくやらない限りこちらの負けが濃厚だ。
――いや。うまくやっても、勝ち目は低い」
重苦しい沈黙が流れる。
思ったより戦況が悪い。エルフリートは眉をひそめた。同等の実力であれば、基本的に魔法騎士は一対一の場合、騎士よりも強い。同等だと仮定して単純に比較すると、相手側にエルフリート級がいなくてもグリュップ王国側の負けが濃厚だ。
通常騎士の戦力を一とすれば、魔法騎士は五、魔法師は三。ざっくり戦力的に言えば、ガラナイツ国はグリュップ王国の三倍弱の戦力を持っている計算になる。
実際は通常の騎士に魔法騎士や魔法師が補助魔法をする事で、戦力差は補えるはずだけど……。それに、とエルフリートは思う。魔法騎士が少ない分、普通の騎士は騎士でロスヴィータやバルティルデのように、ある程度は対魔法騎士対策を練っていたはずである。
にも関わらず、ヘンドリクスが戦況を覆す事ができていないのである。エルフリートやロスヴィータが参加したところで、簡単に戦況を変えられるとは思えなかった。
だからこそ、ロスヴィータの発案が要になる。そう、エルフリートは確信した。
「ケリーから連絡は来ている。悪魔のような知恵を授けてくれるそうだな?」
この空気を打破するように、ヘンドリクスはにやりと挑戦的な笑みを浮かべてロスヴィータを見た。ロスヴィータは、まっすぐとした視線を彼に返しながら頷いてみせる。
「我々は高見の見物。ガラナイツ国の魔法騎士には自滅してもらいましょう。ただし、私やあなたが囮になる必要があ――」
「敬語とかは不要。さっくりとわかりやすい説明を」
説明を始めたロスヴィータにヘンドリクスが小さく手を挙げて彼女を制し、口を挟む。その態度に彼女は目を閉じて小さく息を吐き、再びヘンドリクスへ視線を向けた。
「分かった。結論を言うと、精神魔法で敵を錯乱し、同士討ちさせたい。準備に時間がかかるから目立つ囮が必要だ。私と一緒に死地で戦ってくれ」
「ふむ……良いだろう。しかしロス。お前は魔法が使えないだろう? ただの的になるだけだぞ。手は考えているんだろうな」
ヘンドリクスはこの戦で囮になるという事の意味を十分に理解していた。
「もちろん」
「俺の隊からキャンベルを護衛として貸し出す」
ロスヴィータの言葉をアントニオが続ける。移動中にキャンベルの配置に関しては相談済みだった。ケリーが理解を示した案である。ヘンドリクスが承諾してくれるかは別として、事前に打ち合わせを重ねていたのだった。
相手に大打撃を与える事のできる手段は限られている。だからこの案が通らなかったとしても、その一部は無駄にならないと確信していた。
「なるほどな。では、今晩に全体で打ち合わせをするとしよう。これから作戦の詳細を詰めるぞ」
「はっ」
ブライスがロスヴィータの返事に合わせて地図を広げる。それにはカリガート領全域が描かれており、ヘンドリクスへすぐに説明できるように書き込みもされていた。
2024.8.18 一部加筆修正




