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エルフリートはロスヴィータやブライスたちと共に魔獣を使って移動していた。調教済みの魔獣を貸し出してもらえたのである。
その内の何体かはエルフリートが腕に怪我をした時に捕まえた魔獣が混ざっている。あれから二年ほどが経つ。しっかりと調教されたようで、すんなりとエルフリートたちの命令を聞いてくれた。
魔獣は危険だが、服従契約を結ぶ事ができれば安全に使役する事が可能だ。
契約方法は様々であるが、グリュップ王国では基本的に親愛の契約を結ぶ事にしている。親愛の契約とは、人間と魔獣の間に信頼関係を築かせるものである。他の契約より難易度が上がる分、魔獣の行動に制約が少なくて済む為、重宝されるのだ。
他には格差の契約や傀儡の契約などがある。格差の契約は人間の方が強者であると魔獣に認識させるもので、傀儡の契約は精神魔法で魔獣を従わせるものであった。
エルフリートたちは貸し出された親愛の契約を結んでいる魔獣へ、軽く格差の契約を与えていた。理由は二つある。親愛の契約を結んでいる相手が自分ではないという事と、この魔獣を死なせるわけにはいかないという事だ。
普段は討伐などの対象となって民に恐れられている魔獣だが、従順な魔獣は貴重な戦力であり仲間でもある。というのも、親愛の契約を結んでいると契約している対象以外の人間であってもかばう個体が現れるからだ。
素敵な隣人となった彼らを、その優しさからくる死――それを防ぐには、格差の契約で命令するしかない。
傀儡の契約だと魔獣の思考が濁ってしまうし、何より解除しても後遺症が残ってしまう。判断力のない魔獣は普通の魔獣に比べ、機動力が格段に劣る。とてももったいない事になるのだった。
因みに親愛の契約に、親愛の契約を重ねると時折ややこしい事になる。調教師との絆を守る為にも、なるべく避けるべきだ。昔、二人の人間と親愛の契約を結んだ魔獣が彼らに相反する指示をされた結果、混乱して暴れるという事故が起きた。知性の高い魔獣であればそうはならなかったかもしれないが、その時は魔獣を始末するしかなかったという。
今はそんなリスクを負っている場合ではない。という事で、エルフリートは魔獣よりも魔力の多い騎士たちと分担して格差の契約を結んだのだった。
「それにしても速いな」
「そうだね」
エルフリートの前に座っているロスヴィータが感心している。よくは見えないが、彼女の目が輝いているように見える。
魔獣はとても便利である。人間よりも機動力に優れていて、馬を走らせるよりも速く、それでいて補助魔法がとてもよく効いてくれる。魔獣の存在は、人間よりも魔力に近いのだろう。
馬や人間に補助魔法をかける時よりも強い効果を示すのだ。という事で、補助魔法のおかげでとてつもない速度を出す魔獣にまたがり、エルフリートはロスヴィータと相乗りしているというわけだった。
普段前髪で隠れている額が風圧によって露わになっている。きりりとした眉がしっかりと見え、彼女を一層男前に見せている。ロスヴィータとエルフリートはどちらが前で後ろか、少し揉めた。
結局、ほんの少しだけ身長の高いエルフリートが後ろになった。エルフリートは彼女の前に座るなんて冗談じゃないと思っていたから助かった。だって、背後から抱きしめられるような格好になるという事じゃないの。
彼女の色々な場所と背中がくっつくなんて正気じゃいられないよ。
理想は背中合わせだけど、それでは危険すぎる。ロスヴィータは少々不満のようだったが、魔獣を走らせている内に元通りだ。彼女は乗馬が得意だ。きっと魔獣に乗るのも、それと同じような感覚なのだろう。
エルフリートは、明るい気持ちでいられるのもあと少しだけだから、とロスヴィータがはしゃぐ姿を注意する事なく見守っていた。
「この魔獣は良い子だな。揺れも少ないし、何よりタフだ」
走行中だというのに、彼女は魔獣を撫でる。狼のようなまっすぐとした張りのある毛皮を堪能してロスヴィータはご満悦だ。彼女の姿勢が変わるとエルフリートの姿勢も変わる。重心がおかしくならないように微調整をするのだ。
「ベティだったか。すばらしい走りだ。癖になりそうだよ」
「ロスってば。調教師に鞍替えするの?」
「いや、さすがに私の路線はこのままだ。今路線を変えては、何もなさないまま終わってしまう」
ロスヴィータはきっぱりと否定したが、未練があるかのように魔獣をひと撫でする。この魔獣をプレゼントする事はできないが、似たようなものなら用意できる。
「今度、熊の毛皮をプレゼントするね。昔に狩った記念に剥いだ良い奴があるの」
「熊」
この魔獣よりは劣るだろうが、良い個体だった。エルフリートは鷹揚と頷く。
「うん。約束ね」
「巨大な熊の剥製か。楽しみにしているよ」
剥製の方が良いのかな。剥製は持ってないから、剥製にするなら獲りにいかないと。そんな事を考えているエルフリートに、ロスヴィータが体重をぐっと預けてくる。エルフリートがロスヴィータとの会話の為に首を傾けているのが分かっているのか、空間のある方の肩に頭まで乗せてくる。
エルフリートは甘えてくる彼女が愛しすぎて、手綱を持つ手を片方にしてロスヴィータをこっそり抱きしめた。
「ロス、絶対皆で帰ろうね」
「ああ。もちろんだ」
他の騎士たちが高速移動で周囲の状況は見れども仲間の細かいやりとりまで見る余裕がないのを良い事に、エルフリートは戦場で命のやりとりをしにいくというプレッシャーや不安感を、ロスヴィータとの触れあいで誤魔化すのだった。
2024.8.18 一部加筆修正
2025.4.12 一部加筆修正




