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ケリーは続ける。
「ボルガ国を煽った彼は、数ヶ月滞在しただけで国を離れていったそうだ。勝率を上げる為に他の国へ声をかけると言っていたという話だから、このタイミングで攻め込んできたガラナイツ国に少なくとも一枚噛んでいるだろう。
もしかしたら、あと一国くらい参戦してくるかもしれないな」
「何という事だ」
ロスヴィータは固く拳を握った。力みすぎて骨が軋む。
「休む間を与えず、あいつを状況確認に走らせているから、第二のガラナイツは防げると思う。だが、この動きを察知した隣国が侵攻を決める可能性がある」
ロスヴィータは恐ろしい流れを感じた。グリュップ国と隣接する国全部が敵として、それぞれが攻め込んでくる――これが現実となれば、半分以上の領が自力で対処せざるを得なくなる。少なくとも、エルフリートの故郷であるカルケレニクス領は切り離される事となるだろう。
ロスヴィータは、怒りに震えるエルフリートの肩を、そっと抱き寄せる。
「厳しい事を頼んでも良いか?」
「……私たちにできる事なら」
できる事は限られている。前々からアルフレッドは暴走していたが、国を巻き込む事になった原因はおそらくロスヴィータとエルフリートの婚約にある。
アルフレッドの行動を防げていたら、あの時に捕まえる事ができていたら……とは思わないが、何も感じずに過ごしていけるほど無神経でもない。
「巻き込まれた側であるガラナイツ国には悪いが、彼らを圧倒的な力で徹底的に排除してほしい。それこそ、これから狙う国が怯えるほどに」
「そこまでの能力は保証できかねるが……」
「どんな方法でも良い」
「……」
ロスヴィータは、相手が魔法騎士の集団だと聞いた時点で、自分が今回もエルフリートの補佐役に回る事を覚悟していた。そしてその時には、こちら側の魔法が発動するまでの囮になるつもりでいた。
魔法を使えないロスヴィータでも、魔法の火力でごり押しできるほど簡単な事ではないと分かっている。それならば、やれる事は絞られてくる。
「精神魔法でも良いのか?」
「ふむ……混乱させ、戦況をひっくり返すつもりか」
「フリーデとマリンに考えてもらうしかないが、味方同士で戦ってもらうのが、一番手っ取り早いかと思ったんだ」
「フリーデ、できそうか?」
「うーん……」
エルフリートは少し悩む素振りを見せる。
「人を混乱させる事自体は簡単なんだけど、それに方向性を持たせなければならないのが難しいかも。同士討ちだけをさせたいのにこっちにも向かってくるかもしれないなんて、意味がないからね。それさえクリアできれば可能かな……多分。
混戦中に広範囲に向けた大規模な魔法を使う事自体も難しいから、それなりに人員が必要なのが一番の問題かもしれない」
「囮なら、私がやろう。総団長と連携すれば、かなり目を引くはずだ」
「ロス!」
末端とは言え、ロスヴィータは王位継承権がある。そして女性騎士団長という肩書きもある。アルフレッドがガラナイツ国に情報を流したのならば、ロスヴィータが魔法の使えない騎士である事も知られているだろう。
自分たちが優勢であると思っている限り、騎士団総団長と女性騎士団長が揃って先頭に立つだけでも食い付きは良いはずだ。
「悪くない考えだが、細かく段取りを決めなければいけないぞ。ああ、ロスの護衛には魔法避けがいた方が良い。そうなるとアントニオの部下が使えるな」
エルフリートが前向きな話を始めたロスヴィータとケリーを交互に睨んでいる。そんな事をしたって、私たちの考えは変わらないぞ。
「アントニオの所と言えば、キャンベルか」
「キャンベルは確か、マリンから特訓を受けていたな」
ぼろぼろになる姿と周囲が引くような猛特訓のせいで、時々苦情が来ていたのを思い出す。
「彼の評価は高いよ。魔法師団が専属の護衛騎士に欲しいと言ってきたくらいだから。アントニオがそれを拒否してほしいって頼みに来たのも新鮮で良かったなぁ……。
うん。彼ならロスヴィータの護衛に推せる」
「わ、私はまだ、やるとは言ってないのに、何で話を進めちゃうの?」
「ロスがやると言ったんだ。君はそれに従うだけだろう」
「う……」
エルフリートがやりたくないと小さく駄々をこねるも、ケリーに一蹴された。エルフリートは単純に、ロスヴィータだけを危険な目に会わせたくないだけだ。その気持ちは純粋に嬉しい。
しかし、優先すべくは戦争の早期終結である。ロスヴィータの安全は二の次だ。
「フリーデ」
「――正直、気は向かないけど」
「我々の職務だ」
抱いている肩をぽんぽんとたたく。彼は頷いた。
「うん。分かってるよ。それに、私たちがどうにかしなきゃ平和にならないもん」
エルフリートが乗り気ではないのは珍しい事だ。と、思う。ロスヴィータは、自分に言い聞かせるように呟く彼のこめかみに口づけた。
「大丈夫。私たちならやれるさ。それで、我が国から手を引かせよう」
「うん……必ずやってみせる」
エルフリートが頬ずりを返してくる。男の癖に、ロスヴィータのそれよりも柔らかいからどきっとしてしまう。相変わらず可愛い事だ。
「すまないな。優秀な君たちに色々と負担ばかりかけている」
「いや。我々女性騎士団の存在を知らしめるチャンスだと思う事にするから、気にしないでくれ」
ケリーがそんな二人の様子に驚く事なく謝罪してきたが、ロスヴィータの返答の方に小さく目を見開いて見せ、そして控えめな笑みを返してくれた。
心労の絶えないだろう彼に少しでも安寧があるよう、ロスヴィータはこっそりと祈るのだった。
2024.8.18 一部加筆修正




